2010年12月3日金曜日

SARVH賞&アジア太平洋映画賞


12月3日、東京會館にて新藤兼人賞・SARVH賞2010の受賞式がおこなわれ、最優秀プロデューサー賞である「SARVH賞」を若松監督が受賞しました。
作りたい映画を自力で作り上げ、自力で公開してゆく独立系のプロデューサーの原点に根ざしている点、また監督をしながらも長年に渡り最もインディペンデントな形での映画作りをしている若松監督のプロデューサーとしての姿勢が今回の受賞につながりました。
若松監督は「なんで監督賞でないのかな」と照れながらも、「これからも自分の好きな、思い通りの映画を撮っていきたい。私は74歳だが、なるだけ新藤監督に近づこうと思っている。尊敬する新藤監督とこのような形でお会いする事が出来て、本当にうれしい。これからも自分の映画を撮れるように頑張ります」と、挨拶をされました。
新藤監督は98歳ですが、新作が出来たばかりです。新藤監督の年齢を感じさせない、そして志を持って映画を作り続ける姿勢には、本当に圧倒されます。若松監督も元気でお茶目な新藤監督とお話をされて、とてもうれしそうでした。
この後、若松監督は函館イルミナシオン映画祭に出席する為に、函館に飛び立ちました。
 




そして海外からもうれしいお知らせが飛び込んできました。オーストラリアで開催された『第4回アジア太平洋映画賞』で寺島しのぶさんが審査員特別賞を受賞し、2日に豪ブリスベンのマリオットホテルで行われた授賞式に出席されました。「今回審査員の方々の目に留まって、審査員特別賞を頂けるということは、本当に女優として光栄なことだと思っております。ベルリンでは味わえなかった授賞式というものを存分に楽しんで、また次の作品に繋げていきたいと思っています」と、寺島さんは喜びの挨拶をされました。寺島さんは受賞が急遽決まり、前日にオーストラリアに飛び立たれたそうです。

そしてシネマテークでの旧作40本上映に沸くパリでは、12/1(水)にパリの映画館で「キャタピラー」が封切されました。色々な雑誌、新聞でとりあげられ、批評や反応もとても良いとの事です。寺島さんの受賞、そしてパリでの封切と、今週はうれしいお知らせがたくさんありました。

2010年11月28日日曜日

怒涛の授賞式!パリでは旧作特集開幕!

26日(金)、ヤクルトホールにて第34回山路ふみ子映画賞の受賞式がありました。
http://www18.ocn.ne.jp/~yamaji/
今回山路ふみ子女優賞を寺島しのぶさんが受賞しました!日本で一番早くに発表される映画賞で、「キャタピラー」での迫真的な名演技に対してとの受賞という事で、とてもうれしい受賞になりました。

しかし26日は寺島さんが舞台に出演中で会場にこれず、ピンチヒッターとして若松監督が登壇されました。「寺島さんの代わりに、こんなブサイクでごめんなさい」と監督が言うと会場は笑いに包まれていました。2月のベルリン国際映画祭銀熊賞の授賞式でも寺島さんの代理で授賞式に出席したエピソードを話され、「今日はその時と同じ格好で来ました。本当にありがとうございました」と、今回の受賞への感謝を述べられました。
 

 

 

そして翌27日(土)、TAMA映画賞受賞式が行われました。
http://www.tamaeiga.org/
最優秀新進監督賞を大西信満さんが受賞しました。そして「まっすぐなインディペンデント魂に対して」という事で、特別賞を若松監督が受賞されました。


 「ほぼ寝ているだけの役で、このような賞を頂き、とてもうれしく思っています。たぶん今日の方が映画の中よりしゃべっているはずです」と大西さんが照れていました。若松監督は「ベルリン映画祭に参加して感じたのは、ドイツでは戦争についても小学校から教えている。日本ではそういう教育がないからこそ、キャタピラーをもっと若い人たちに観てほしい」と話されました。最後に監督と、大西さんのふたりで、撮影中の思い出などを話され、とても盛り上がっていました。
授賞式には世界のアイドル・キティちゃんも駆けつけ、記念撮影が行われました。
山路ふみ子映画賞の皆様、TAMA映画祭の皆様、そして観客の皆様、本当にありがとうございました。

 先日の「キャタピラー」のオープニング上映に引き続き、パリのシネマテークフランセーズで若松監督の旧作上映が始まりました。スタート作品は「逆情」(64‘)でした。パリではあまり知られていない作品で、夕方17時からの上映にも関わらずアンリ・ラングロワ劇場には150人近いお客様が駆けつけて下さいました。次回は「情事の履歴書」、「鉛の墓標」、「歪んだ関係」が上映されます。
パリでの上映情報は、高橋昌子さん、そして映画研究者の平沢剛さんに御協力して頂いています、ありがとうございます。

2010年11月25日木曜日

パリシネマテーク「キャタピラー」上映


 
パリのシネマテーク・フランセーズで若松監督特集が始まりました。24日、オープニング記念上映として「キャタピラー」が上映されました。
若松監督は今回は欠席なので、シネマテークのプログラム部の代表ロジェ氏と配給会社としてビックワンさんが登壇し、挨拶をされました。
その後若松監督のビデオレターが流れ、「キャタピラー」の上映が行われました。
いつものように上映後は重い空気に包まれていましたが、ほぼ満員の会場で皆さん真剣にご覧になっていました。

パリの方々は監督がいらっしゃれず残念とおっしゃっていましたが、とてもいい雰囲気のオープニング上映となりました。
明日から、毎日数本ずつ旧作がシネマテーク・フランセーズで上映されます。
今回のブログは高橋昌子さんに御協力して頂きました、ありがとうございました。

2010年11月22日月曜日

TAMA映画祭&ストックホルム映画祭&ペサック歴史映画祭

 


 

11/20(土)、TAMA CINEMA FORUM第20回映画祭にて「キャタピラー」が公開されました。当日券も完売してしまい、入場できないお客様もいらっしゃいました、申し訳ありません。
上映後、若松監督、寺島しのぶさんによる舞台挨拶がありました。大きな拍手に迎えられ、映画撮影中の話や、各地の舞台挨拶での様子などを話されました。また監督が「さっきから子供の声がするでしょう」と、出征行列のシーンにでていた赤ちゃんを紹介しました。この日はたまたま赤ちゃんとお母さんが観にきており、観客席からのサプライズゲストとなりました。撮影時はまだ歩けなかった赤ちゃんも、もうすっかり「監督さーん!」と言いながら走りまわるくらい大きく、お姉さんになりました。
「こんな小さくてかわいい子供も犠牲になった戦争は繰り返してはいけない。それが皆さんに伝わればうれしいです」と監督が言うと、再び大きな拍手が沸き起こりました。

TAMA CINEMA FORUM第20回映画祭最優秀女優賞を寺島さんが受賞されました。現在舞台に出演中の寺島さんには、来週の受賞式にいらっしゃれないので、受賞式が一足早く行われました。観客の皆さまの拍手に包まれ、とても素敵な受賞式になりました。
TAMA CINEMA FORUM第20回映画祭の皆さま、観客の皆さま、本当にありがとうございました。
寺島さん出演の舞台「やけたトタン屋根の上の猫」HPはこちらになります。→http://www.nntt.jac.go.jp/play/20000323_play.html
そしてその頃、大西信満さんはストックホルム国際映画祭にゲストとして参加していました。
http://www.stockholmfilmfestival.se/album/?album[name]=101118_f2f&album[event]=festival2010

極寒のストックホルムで、大西さんは一人「キャタピラー」の上映に参加し、そして多くの取材を受けられていました。Q&Aの様子などがアップされていますので、是非上記HPを御覧になられて下さい(英語ですが…)。
昨日21日にはフランスのペサック国際歴史映画祭で「キャタピラー」がコンペ部門として上映され、最優秀賞を受賞しました!ペサック国際歴史映画祭は歴史をテーマにしたフィクション・ドキュメンタリーを専門にした映画祭で、映画ファン・歴史研究の世界では人気な映画祭だそうです。
http://www.cinema-histoire-pessac.com/
結果発表の際には以下のコメントが読み上げられたそうです。
『審査員満場一致で若松孝二監督の「キャタピラー」が審査員賞(最優秀賞の事)に選ばれました。戦争の恐ろしさと言う世界共通のテーマを扱ったこの映画は素晴らしい完成度で、見事に演じられ、類を見ない勇気が感じられます。男性優位と国家主義と言う日本社会に見られる2つの柱を再検討しています。現代の響きを持ったこの歴史映画は、日本が過去を直視する事が出来ないという現実をうち砕いてくれました。』
フランスのシネマテークでは今週から、若松孝二特集として「キャタピラー」を含む40作品が上映されます。
12月1日からは「キャタピラー」のパリでの一般公開も始まります。
http://www.lesoldatdieu.com/
まだまだ日本、そして世界で「キャタピラー」旋風は終わりそうにありません!

2010年10月15日金曜日

テアトル新宿最終日舞台挨拶


 

 
10/8(金)にテアトル新宿の「キャタピラー」最終日舞台挨拶が行われ、若松監督、大西信満さんが登壇されました。

テアトル新宿ではキャタピラーの先行上映会から始まり、舞台挨拶の度に多くのお客様に足を運んで頂いています。今回もテアトル新宿の最終日という事で、多くの方にお越し頂きました。ありがとうございました!

 都内での上映はこれからポレポレ東中野(10/23~)でも始まります。まだ劇場で御覧になっていらっしゃらない方は、是非足をお運びになられて下さい。
劇場詳細情報はTOPページの上映情報で御確認頂けます。

2010年9月27日月曜日

9/25テアトル徳山舞台挨拶

 

9/25にテアトル徳山にて、「キャタピラー」舞台挨拶がありました。山口県での舞台挨拶は初めてという事もあり、多くのお客様にお集まり頂きました!そして2回の舞台挨拶ともに多くの方にお集まり頂き、Q&Aも盛り上がりました。

 前日24日に現地入りした監督は、舞台挨拶までに記者会見、ラジオ出演などを精力的にこなしていきました。山口県でも多くの方に「キャタピラー」を御覧になって頂ければうれしいです。

そしてふぐのはえ縄漁発祥の地として有名な周南の天然のふぐを頂きました。監督もこんなにおいしいフグは初めて!と、大喜びでした。
おいしいフグはこちらのお店です→「やま中」山口県周南市飯島町2-32
http://ggyao.usen.com/0005004587/
今回のブログはテアトル徳山の皆さまに御協力頂きました、ありがとうございました。

2010年9月20日月曜日

豪華絢爛~ゲスト11名・若松孝二オールナイト!!!

 

「キャタピラー」ヒット記念若松孝二オールナイトが、9/18(土)にテアトル新宿で行われました。この日の為に若松監督、篠原勝之さん、大西信満さん、ARATAさん、地曵豪さん、粕谷佳五さん、安部智凛さん(魔凛碧さんから改名)そして連合赤軍に出演されていたウダタカキさん(菟田高城さんから改名)、タモト清嵐さん、並木愛枝さん、藤井由紀さんの合計11名のトークゲストが集まってくださいました!そして「今日は何を言っても怒らないと監督から許可をいただきました!」と司会をかってでてくださったのは、テアトル東京の沢村さんです。23:45開始という時間にも関わらず、多くの観客の方にお集まり頂きました。沢村さんの紹介でゲストが続々登壇すると「こんなにゲストがいるの!?」と思わず観客席から歓声が上り、大きな拍手が沸き起こりました。

 今回のオールナイトは「キャタピラー」と「実録連合赤軍あさま山荘への道程」の2本立てでした。「キャタピラー」観ている方は1/4、「連赤」を観ている方は1/2の割りあいでした。それもあってか、ゲスト各々の自己紹介が始まると、どこか懐かしい様な暖かい歓声に包まれました。特に連赤で加藤三兄弟の末っ子・元久役だったタモトさんが、「大学生になりました」というと、観客席からは「大きくなったねー!」という親戚の子供を見守るような声がかかりました。

 篠原さんが「キャタピラーの主役のクマです!」というと、観客席、そして監督も大笑いです。(真実はキャタピラーを御覧になって確かめてみて下さい)「台本にない役だったから、台本を読んでいなかった。初号を観て初めてどんな映画か知った。役者ではないからこそ悩まずにバカの役が出来た。昔、赤塚不二夫さんたちにもクマはどの時代にもいてほしいバカだって言われていたのを思い出した」とキャタピラー撮影秘話を話されていました。

 沢村さんからは「若松流演出術は?」、観客の方からは「何故若松監督作品に出たのか?また若松監督でやりやすい点、やりにくい点は?」という質問がありました。若松監督は笑顔で「今日は何を言っても怒りませんから、自由に話して下さい」とゲストに宣戦布告(?)していました。

「役者の動きに合わせて現場を作ってくれる。自由に芝居をさせてもらえるので、とてもやりやすい現場です」と大西さんが言うと、監督が「大西は連赤でもキャタピラーでもとにかく怒られ続けてたし、毎回最後に怪我して病院送りになる」と応え、さすがに大西さんも苦笑いしていました。(大西さんは連赤では最後の山荘シーンで足が反対に曲がり、キャタピラーでは頭から流血して病院に運ばれたのです!)

 ARATAさんは「若松監督の作品には絶対に参加したかったので、連赤の時に直訴しに行った。役者として参加していても、それは芝居ではなく、全てが映し出されるのが若松組」と言うと、皆頷いていました

地曵さんは「新宿のバーで若松監督と隣り合わせになって、志願したのが始まり。初対面にも関わらず、連赤の構想を真剣に話してくれる姿に感激した。役者は監督に喧嘩を売っていく姿勢が必要と教えてくれたのは若松監督」と、連赤とキャタピラーの現場での事を思い出しながら話してくださいました。「僕は自由に芝居をやらせてなかなかカットをかけない。だから長ゼリフが多い森役の地曵は、おんなじ事を何回も言ったり、夢中でしゃべってたな」と監督が笑いながら話されていました。

 「連赤で唯一オーディション前から配役が決まってたのは並木さんだけ」と監督が言うと、並木さんは「PFFのパーティーで若松監督に初めてお会いしたときに、次回作に出て欲しいと言われ即答でお受けした。自分は作品の中で生き抜くことが出来るというのをモットーにしているが、若松監督の作品はまさに生き抜くことが出来た。連赤では監督に怒られまくりたい!と思っていたのに、自分と地曵さんだけは怒られる事がなかった。それは役の上でトップである私たち(森役と永田役)が怒られては、他のメンバーになめられてしまう。監督の演出はそういうところから始まっていた。でももっと怒られてみたかった!」と連赤の幹部を演じたからこその思い出を話されました。

 「連赤でもキャタピラーでもとにかく怒られ続けた。台本なんか信じちゃいけないと監督に言われ続けた。監督の言葉にはいつでも身が引き締められる」と粕谷さん。粕谷さんは連赤のオーディションでも怒られたそうです。

 「大人になって本気で怒ってくれる人は親以外になかなかいない。監督は1人の人間として自分に向き合ってくれる人」と安部さんが話すと、「この子は初日にハイヒールを現場に履いてきて、思わず帰れーッ!って怒鳴った。そしたら助監督が自分の靴を差出した。その時から意識が変わったね」と監督が言うと、安部さんは真っ赤になっていました。「監督に帰れーッ!と怒鳴られて、その日は布団の中で泣いていた。初めて言うのですが、実は就職が決まった会社を辞退して、連赤の現場に入った。毎日監督に怒られるんではないかという恐怖に脅えて、自分の選択が正しかったのかわからなくなった時もあった」と衝撃の告白をすると、観客、ゲスト、そしてさすがの監督からも驚きの声が上りました。それでも監督に撮影後半になって、「オーディションの時に自分自身について真剣に書いた手紙をもらったけど、あの情熱があったから帰れって言ったときも君の事を信用してた」といわれ、安部さんはとてもうれしく、自分の選択が間違っていなかったと思えたそうです。

 藤井さんは唐組の俳優さんなので、若松組が舞台以外の初めての現場だったそうです。「映画は初めてだったけど、皮膚で感じて芝居をするのは、若松監督も唐さんも一緒。連赤では芝居をする度に皆の反応が面白くて、自分の中のスイッチが入ったのが分かった。このメンバーで連赤を舞台化する事が出来たらいいのにと思ってます!」と、連赤の新たな方向性?が藤井さんから提案されました。

 「はじめはあまり怒られなかったのに、山荘が近づくにつれて僕も大西組になって、よく監督に怒られるようになりました。山荘の中では段取りとは違うタイミングでモンケーンが来て、とにかく無我夢中だった。押えろーッ!て叫んだ気はするけど、あの山荘の中では全て無意識だった。それくらい本気でやるしかなかった」と若松監督流の演出術をウダタカキさんが解説していました。ウダタカキさんは若松監督の助監督をされていた白石和彌監督の初監督作品「ロストパラダイス・イン・トーキョー」に出演されています。明日9/21(火)20:45回上映後にポレポレ東中野で若松監督と白石監督の師弟トークショーがありますので、是非皆様お越しになって下さい!
「ロストパラダイス・イン・トーキョー」公式HP:http://lostparadise.seesaa.net

監督、出演者、そして観客席から「大きくなった!」と言われたタモトさん。「初めて監督に会った時はまだ中学生で、それまでは何かを伝えたいと思える作品に出会った事がなかった。何に銃口を向けてるのか初めはわからなくて、監督にも怒られ続けて、なんでこんな事言われなくちゃいけないんだろうと思っていた。でも監督に本気で怒られ続けた事で何に向って銃口を向けなくてはならないのかがわかっていった。監督の言葉はいつでも自分を奮い立たせてくれる」というと、「また一緒に仕事しような」と監督が微笑んで答えていました。
当初は30分の予定だったトークショーも予定を1時間程オーバーし、大盛り上がりの中25時頃に終了。キャタピラーメンバーに加え、久々に連赤メンバーも加わって、トークショーでは懐かしい時間を過ごす事が出来ました。オールナイトの為に駆けつけて下さった観客の皆様、ゲストの方々、テアトル新宿の皆様ありがとうございました!!!

2010年9月12日日曜日

満員御礼!長岡アジア映画祭

 

 

 

 
本日9/12(日)、長岡アジア映画祭にて「キャタピラー」上映と、若松監督、大西信満さんの舞台挨拶が行われました。昼過ぎに長岡に到着すると、高速道路は通行止めになるほどの悪天候でした。監督の「上映までに絶対雨はやむ!」という念が通じたのか、上映前に雨足はおさまりました。

そして上映前のロビーには整理券を握りしめた方の行列と、当日券を求める方の列であふれかえっていました!

 上映後に、監督が登壇すると、会場は割れんばかりの拍手が起こりました。「ようやく手と足が生えそろった大西君が挨拶したいと言うので、紹介します!」という監督の紹介で大西さんが登壇すると、会場は大きな笑いに包まれました。司会の小林三四郎さん(キャタピラーにも村の男役で出演されています!)が、「大西さんの声が聞けるのは貴重だな~、新鮮ですね」というと、大西さんも「ようやくしゃべって、歩けるようになりました」と笑顔で答えていました。「赤ちゃんは会話はできないけど、表情や仕草だけで感情を伝える。久蔵を演じるにあたって、赤ちゃんをみて役作りの参考にした」、「若松監督の現場ではずっと気を張り詰めていないと全てに対応できない。そして自分なりの準備が不可欠だが、監督は準備をして現場にくるのを嫌う。ちゃんと準備しつつ、無の状態で現場に挑むようにしなければならない」と、現場を振り返っていました。

 自分は前世新潟人だったのではないか?という程に新潟ロケが多くて好きな若松監督。「今回の映画でも新潟の方にはエキストラや色々な事でお世話になった。今日観に来て下さった中にも、この映画に参加して下さった方がいたら、ありがとうございます」と、撮影でお世話になった新潟の方々にお礼をおっしゃっていました。
「次回作も新潟ロケの予定はありますか?」という小林さんからの質問には、「今までも色々な作品で訪れたし、新潟は僕にとってとても縁のある場所。またこの日本の美しい風景が残っている新潟では撮影をしたいと思っています」とうれしそうに答えていました。

 質疑応答も多くの質問が飛び交い予定時間の50分をあっさりオーバーし、ヒートアップしたまま、舞台挨拶は終了となりました。そしてロビーでは監督、大西さんのサイン入りパンフレットが飛ぶように売れていきました。

 撮影地である長岡の上映で多くの方に観て頂き、また撮影に御協力頂いた方にも再会出来たり、とても感慨深い上映となりました。上映が終わる頃にはすっかり雨もやみ、きれいな夕空が広がっていました。お足もとの悪い中、会場にお越し下さった皆様、本当にありがとうございました!

2010年9月2日木曜日

8/29(土)大分シネマ5舞台挨拶


湯布院映画祭の翌日、若松監督と寺島しのぶさんが、大分シネマ5で舞台挨拶を行いました。最前列で、上映後も涙が止まらないお客様がいらっしゃったり、とても熱い観客の方が多く、湯布院同様にとても熱気溢れる舞台挨拶となりました。

 今回のブログは大分シネマ5の皆さまに御協力頂きました。ありがとうございました。

2010年8月30日月曜日

湯布院映画祭キャタピラー特別上映

8/28(土)、第35回湯布院映画祭「キャタピラー」上映がありました。若松監督と、寺島しのぶさんが湯布院に着くと、すぐに取材が

 木漏れ日の中での取材はとても気持ちよくはじまりました。寺島さんは「シゲ子の感情を出すのにあたって、細かくビビットに演じた」とお話されていました。また監督は52年前「太平洋戦争とひめゆり部隊」の助監督として湯布院に来た思い出をお話になりました。批判も意見も感想もすぐに返ってくる、観客との距離が近い湯布院映画祭の面白さ、そして町全体が一体となって映画祭を作っている姿勢に、監督も寺島さんも湯布院映画祭への思いを語っていました。

18:30からのキャタピラー上映は早々にチケットが売り切れてしまい、急遽2回上映になりました。

 満席の会場に、寺島さん、若松監督が登壇すると大きな拍手が起こりました。寺島さんが「ヴァイブレータから、またキャタピラーで帰ってこれてうれしいです!」というと、「湯布院映画祭の為に映画を作っています!」若松監督が答え、会場は大きな笑いに包まれました。

そして上映後には、シンポジウムが行われました。公民館の視聴覚室は、入りきらないほど人であふれかえっていました。こんなに人が集まるのは、湯布院映画祭でも珍しい事だそうです。シンポジウムでは、質問者がいなければ、司会者の指名で質問がだされていくという、とても活気あふれるものになりました。ノーメイクでの迫真の演技についての感想に対して寺島さんは「メイクをしていない皮膚には、色々な感情がでる。そうしなければこの作品では嘘になる」と、お答になっていました。「監督にはもっと色々な作品を期待している」、「若松監督の作品を初めて観たが、胸をハンマーで殴られるくらいの衝撃をうけた。これからこの事を頭の隅において日常生活を過ごしてゆきたい」、72歳の女性の方からは「戦争を知らない寺島さんが当時の女性をきちんと演じて下さった事によって、8/15に戻った感じがした。本当にありがとうございます」、また高校生の女の子からは「自分が戦争について何も知らなかった事を思い知った。この映画を観て、戦争について勉強しようと思った。そしてこの映画を私と同じ若い人たちに観てもらえるように、これから多くの人にすすめたい」と言うと、会場からは大きな拍手が起こりました。

 多くの質問に監督がヒートアップする場面も見られるなど、とても活気あふれるシンポジウムになりました。湯布院映画祭は映画が好きな思いがあふれ出してくる、とてもアットホームな映画祭でした。
 

 


 

 

 

2010年8月25日水曜日

8/21東北フォーラム仙台舞台挨拶

 

21日は山形の後、若松監督と寺島しのぶさんはフォーラム仙台の舞台挨拶に向かわれまし
た。仙台でも多くのお客様がいらっしゃって下さいました。

 今回のスチールはフォーラム仙台の方に御協力頂きました、ありがとうございました。

2010年8月24日火曜日

8/22東北フォーラム盛岡舞台挨拶


8/21、22若松監督と寺島しのぶさんの東北舞台挨拶が、21日は、フォーラム山形、フォーラム仙台、22日はフォーラム盛岡、フォーラム八戸で行われました。
順次ブログにもその様子をアップしていきます!
フォーラム盛岡の舞台挨拶は満席で、Q&Aも多くの方が手をあげて下さいました。自らの戦争体験を話される方などもいらっしゃいました。「戦闘シーンが特にないのはどうしてか」との質問には、監督は「戦闘シーン、特攻映画などそれだけが戦争映画ではない。戦争はそんな美談なんかではなく、人が殺すか、人が殺されるかだ。」と力強く答えていました。
22日は盛岡の後、監督を寺島さんは八戸へ舞台挨拶に向かわれました。
今回のブログはフォーラム盛岡の方に御協力頂きました、ありがとうございました。

8/15大阪テアトル梅田舞台挨拶


8/15、大阪では第七藝術劇場、そしてテアトル梅田の2館で舞台挨拶がありました。
舞台挨拶は、満席で立ち見の方もたくさんいらっしゃいました。まずは若松監督がこの映画に込めた想いを話され、みなさんそれに聞き入っておられました。次に、大西信満さんにマイクが渡り、今回の役柄を演じるにあたって戦争について調べられ、あらためて戦争の惨禍について感じたことをお話になられました。
舞台挨拶後のQ&Aでは、「映画のラスト(久蔵の死)について」「撮影時の苦労」などについて質問が挙がりました。とても熱気あふれる舞台挨拶になりました。そして、若松監督、大西さんのサイン入りパンフレットは飛ぶように売れてゆきました!ありがとうございました。
今回のブログに御協力頂きました、テアトル梅田の皆さまありがとうございました。
そしてブログのアップが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

2010年8月21日土曜日

8/21東北フォーラム山形舞台挨拶

21日は山形、仙台に若松監督と寺島しのぶさんが舞台挨拶に行きました。山形では4時間の滞在で舞台挨拶・サイン会をそれぞれ2回ずつ行いました。


 舞台挨拶はどちらも満席で、サイン会は先着順だったので、参加できなかったお客様でロビーがあふれてしまいました。サイン会に参加できなかった皆さま、申し訳ありませんでした。
そして監督と寺島さんは、大急ぎで、次の会場である仙台に向かわれました。
今回のブログはフォーラム山形の方に御協力頂きました、ありがとうございました。

2010年8月18日水曜日

8/15京都シネマ舞台挨拶

 

 
8/15、大阪での舞台挨拶のあと、若松監督と大西さんは京都に移動しました。
京都シネマでも、劇場の開場時間前から、お客様の列ができ、舞台挨拶は通路まであふれる程の人が集まりました!

 「立って見るのは大変ですよね。今日はわざわざありがとうございます。戦争はただの人殺しであって、お国のためとかそういうものはない。知らない相手を平気で殺すし、自分も死ぬんだということが、画面の向こう側に見えればと思ってます。この1時間半は、損はさせません」と監督が挨拶すると、大きな拍手が起こりました。
大西さんは、「今日はこんなに沢山の方にお集まり頂き、ありがとうございます。僕と寺島さんが演じた夫婦というのは、その時代日本のどこかにきっといたんだろうという気持ちで演じました。自分も含め、戦後生まれの人にとっては特殊な状況に映るかもしれませんが、本当にそういう時代があってそういう人たちがいたということを考えながら見ていただければと思います」と、これから映画を御覧になる方に話しかけていました。

 大西さんへは『実録・連合赤軍 ~あさま山荘への道程~』に続き2回目の若松組への参加について、監督へは大西さんをキャスティングした理由などが質問されました。
また各々に「寺島さんについて教えて下さい」という質問がありました。監督は、「この本が出来上がった時に誰にしようか考えたんですが、どうしても寺島さんに戻ってきたんですよ。見てもらったら分かると思いますが、昭和の女なんです。それと“もんぺ”がすごく似合う人ですから。大西は寝てるだけだけどね(笑)、いや嘘だけど!」というと会場は笑いに包まれていました。大西さんは「寺島さんに関しては、結果ベルリン受賞という素晴らしい賞を受賞されましたが、それ以前からとても凄い方で、以前ご一緒した時もそう思いましたが、今回改めて想いました。またご一緒できて光栄に思っています」と話されました。
京都シネマ舞台挨拶も大盛況に終わり、監督と大西さんは名古屋、浜松に向かわれました。
今回のブログに御協力頂きました、京都シネマの皆さま、ありがとうございました!