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2015年10月19日月曜日
2014年1月7日火曜日
年の瀬のFM三重
明けましておめでとうございます。
旧年中、若松プロを支えてくださったみなさま、ありがとうございました。
本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、年の瀬のFM三重では、2年前の三重県尾鷲市のロケでお世話になった
東紀州フィルムコミッション(当時)の田上孔基さんが出演。
撮影中のあれこれをお話してくださいました。
http://www.fmmie.jp/program/ready/
その模様が、FM三重のサイトにアップされています。
ロケ現場というのは、本当に刹那的で、1つ1つのシーンの撮影が終われば
そこで生まれた空気はあっという間に目の前から消えて行きます。
そのかわりに、永遠にフィルムに焼き付けられていく。
目まぐるしく繰り返される撮影現場において、しかし変わらずずっとあったのが
須賀利という集落が刻んで来た長い時間が作り出した風景。
その中にオリュウノオバたちの路地が生まれ、そして消えて行ったのです。
あのロケの現場をがっちりと全面支えてくださったのが
田上さんをはじめとした東紀州FCの方たちでした。
そして、ロケ中の様々なご不便にも関わらず快くご協力くださった地元の方たち。
その力の大きさは、計り知れなかった……と改めて思い返しています。
若松監督の作品の1つ1つに、そうした縁の下の力持ちがたくさんいます。
そうした方たちに支えられての作品だったと改めて思います。
今年も、多くの作品が生まれ、新たな出会いが生まれて行くことでしょう。
その中にあって、若松監督の旧作も、
新たに生まれていくべく、今も生きているのだなと思います。
息苦しい時代になった…と言われていますが
息苦しくない時代というのが、これまでにあったのかというと
よくわかりません。
自分の頭で考えねばならない切実さが増しているとはいえ
多分、その本質はいつも同じだったのでしょう。
先人たちが、今の時代をどんな風にどんな言葉で語るかな
という想像力を巡らせながら
今年も若松監督作品との新たな出会いをつくり出せたらと願ってます。
旧年中、若松プロを支えてくださったみなさま、ありがとうございました。
本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、年の瀬のFM三重では、2年前の三重県尾鷲市のロケでお世話になった
東紀州フィルムコミッション(当時)の田上孔基さんが出演。
撮影中のあれこれをお話してくださいました。
http://www.fmmie.jp/program/ready/
その模様が、FM三重のサイトにアップされています。
ロケ現場というのは、本当に刹那的で、1つ1つのシーンの撮影が終われば
そこで生まれた空気はあっという間に目の前から消えて行きます。
そのかわりに、永遠にフィルムに焼き付けられていく。
目まぐるしく繰り返される撮影現場において、しかし変わらずずっとあったのが
須賀利という集落が刻んで来た長い時間が作り出した風景。
その中にオリュウノオバたちの路地が生まれ、そして消えて行ったのです。
あのロケの現場をがっちりと全面支えてくださったのが
田上さんをはじめとした東紀州FCの方たちでした。
そして、ロケ中の様々なご不便にも関わらず快くご協力くださった地元の方たち。
その力の大きさは、計り知れなかった……と改めて思い返しています。
若松監督の作品の1つ1つに、そうした縁の下の力持ちがたくさんいます。
そうした方たちに支えられての作品だったと改めて思います。
今年も、多くの作品が生まれ、新たな出会いが生まれて行くことでしょう。
その中にあって、若松監督の旧作も、
新たに生まれていくべく、今も生きているのだなと思います。
息苦しい時代になった…と言われていますが
息苦しくない時代というのが、これまでにあったのかというと
よくわかりません。
自分の頭で考えねばならない切実さが増しているとはいえ
多分、その本質はいつも同じだったのでしょう。
先人たちが、今の時代をどんな風にどんな言葉で語るかな
という想像力を巡らせながら
今年も若松監督作品との新たな出会いをつくり出せたらと願ってます。
2013年12月19日木曜日
今年最後の「千年の愉楽」奄美にて
若松孝二の一周忌も終わり、
若松監督の右腕だった撮影の辻智彦さんの
初プロデュース作品「かなたの子」がWOWOWで始まり、
若松組の俳優たちも、テレビドラマに舞台に映画に活躍を続け、
新たな作品が次々と世の中に「オギャー」と生まれ、
あるいは、過去の作品との新たな出会いも次々生まれて
そうして、月日は流れている。
若松監督のよき理解者であり
小粒の山椒のような味わいを加えてくれる出演者であり
ささやかな酒を酌み交わす仲間であった
ゲージツ家KUMAさんこと篠原勝之さんが
若松監督と北海道を旅した記憶を辿った短編「花喰い」が
文学界1月号に掲載されている。
www.bunshun.co.jp/mag/bungakukai/
生きる事が始まったその瞬間から
死ぬ事を抱えて全ての人が生きる事を
ことあるごとに感じる日々でもあった。
このブログを始めた「実録・連合赤軍」制作準備の動きだしの頃。
「共謀罪」が審議されたり、法政大学で立て看板を巡って学生が逮捕されたり
いろんな出来事が相次いで、若松監督はよく吠えていた。
そして今、特定秘密保護法の強行採決に防衛大綱で防衛力強化、
エネルギー基本計画で強引な原発回帰、怒濤のような激しい流れの中で
若松監督の吠え声は、聞こえてこない。
2013年という年を、忘れないだろう。
そして、この年の締めくくり、
若松孝二一周忌の締めくくりに、
奄美大島にて「千年の愉楽」を上映するのである。
上映後には、出演の井浦新さんと、
音楽の中村瑞希さん、ハシケンさんのトークがある。
作品と出会った奄美のお客さまとともに
どんなトークが繰り広げられるだろうか。
若松監督の右腕だった撮影の辻智彦さんの
初プロデュース作品「かなたの子」がWOWOWで始まり、
若松組の俳優たちも、テレビドラマに舞台に映画に活躍を続け、
新たな作品が次々と世の中に「オギャー」と生まれ、
あるいは、過去の作品との新たな出会いも次々生まれて
そうして、月日は流れている。
若松監督のよき理解者であり
小粒の山椒のような味わいを加えてくれる出演者であり
ささやかな酒を酌み交わす仲間であった
ゲージツ家KUMAさんこと篠原勝之さんが
若松監督と北海道を旅した記憶を辿った短編「花喰い」が
文学界1月号に掲載されている。
www.bunshun.co.jp/mag/bungakukai/
生きる事が始まったその瞬間から
死ぬ事を抱えて全ての人が生きる事を
ことあるごとに感じる日々でもあった。
このブログを始めた「実録・連合赤軍」制作準備の動きだしの頃。
「共謀罪」が審議されたり、法政大学で立て看板を巡って学生が逮捕されたり
いろんな出来事が相次いで、若松監督はよく吠えていた。
そして今、特定秘密保護法の強行採決に防衛大綱で防衛力強化、
エネルギー基本計画で強引な原発回帰、怒濤のような激しい流れの中で
若松監督の吠え声は、聞こえてこない。
2013年という年を、忘れないだろう。
そして、この年の締めくくり、
若松孝二一周忌の締めくくりに、
奄美大島にて「千年の愉楽」を上映するのである。
上映後には、出演の井浦新さんと、
音楽の中村瑞希さん、ハシケンさんのトークがある。
作品と出会った奄美のお客さまとともに
どんなトークが繰り広げられるだろうか。
12月22日(日)17:30開場18:00開始
会場 りゅうりゅう館
前売 一般1500円 学生1200円
当日 一般2000円 学生1500円
(未就学児は無料)
そして、年末の大晦日に、ロケでお世話になった
東紀州FCの田上さんがFM三重に出演して
「千年の愉楽」についてお話してくださるという。
12月31日(火)7:30〜のレディオキューブFM三重「READY!」の
「三重映画さんぽ」コーナーにて!
(田上さんのトークは8:40頃の予定)
三重県尾鷲市須賀利でのロケは2011年の晩秋だった。
あの瓦屋根の集落の向こうに見えた尾鷲湾の朝と夕暮れ。
酸素ボンベをポケットに入れた監督と一緒に
海の上の光の反射が刻々と表情を変えていくのを眺めたロケの11日間が
どれだけ豊かな時間だったのか、今になって痛いほど噛み締めている。
田上さんのトークから、どんな須賀利ロケのエピソードが飛び出すか
大晦日の慌ただしい一日のスタートを、ぜひFM三重で!
2013年11月21日木曜日
奄美の地で今年最後の「千年の愉楽」
一周忌が終わり。
各地での上映もおおよそ一区切りし。
次々に新たなる意欲作がスクリーンに登場し。
若松監督の新作が観られる事がもうないのだと再確認する。
今、若松監督が生きていたら、どれだけ吠えただろうと思う。
数年前に「共謀罪」に吠えていた監督を思い出す。
「特定秘密保護法」に与党が暴走していく年の瀬に、
「福島原発」の壮絶かつ悲惨な状況も
2020年オリンピック開催という「国益」の前に
「国益を損なうような情報」である事を理由に、
これまで以上に情報が得られなくなっていくのだろうか、と。
そんな予想が徐々に現実になりつつある悪夢のような今。
しかし、表現は続いていく。
より、切実なものとして、表現は続く。
今年最後の若松監督作品上映会は、
「千年の愉楽」の全編を彩った奄美民謡のその地にて。
『千年の愉楽』上映会&中村瑞希&ハシケン&井浦新トークショーin奄美
日時:2013年12月22日(日)開場時間 17:30/上映開始時間18:00~
会場:りゅうゆう館(鹿児島県大島郡龍郷町浦1837番地)
出演:中村瑞希・ハシケン、井浦新
料金
前売 一般/1500円 学生/1200円 未就学児/無料
当日 一般/2000円 学生/1500円 未就学児/無料
詳細は
http://www.a-mp.co.jp/diary/diary.cgi?field=2
今年最初に三重で始まった「千年の愉楽」上映は
奄美大島で今年の終わり。
三重と奄美、半島と島、彼の地とこの地、静かにつながった一年。
各地での上映もおおよそ一区切りし。
次々に新たなる意欲作がスクリーンに登場し。
若松監督の新作が観られる事がもうないのだと再確認する。
今、若松監督が生きていたら、どれだけ吠えただろうと思う。
数年前に「共謀罪」に吠えていた監督を思い出す。
「特定秘密保護法」に与党が暴走していく年の瀬に、
「福島原発」の壮絶かつ悲惨な状況も
2020年オリンピック開催という「国益」の前に
「国益を損なうような情報」である事を理由に、
これまで以上に情報が得られなくなっていくのだろうか、と。
そんな予想が徐々に現実になりつつある悪夢のような今。
しかし、表現は続いていく。
より、切実なものとして、表現は続く。
今年最後の若松監督作品上映会は、
「千年の愉楽」の全編を彩った奄美民謡のその地にて。
『千年の愉楽』上映会&中村瑞希&ハシケン&井浦新トークショーin奄美
日時:2013年12月22日(日)開場時間 17:30/上映開始時間18:00~
会場:りゅうゆう館(鹿児島県大島郡龍郷町浦1837番地)
出演:中村瑞希・ハシケン、井浦新
料金
前売 一般/1500円 学生/1200円 未就学児/無料
当日 一般/2000円 学生/1500円 未就学児/無料
詳細は
http://www.a-mp.co.jp/diary/diary.cgi?field=2
今年最初に三重で始まった「千年の愉楽」上映は
奄美大島で今年の終わり。
三重と奄美、半島と島、彼の地とこの地、静かにつながった一年。
2013年11月12日火曜日
佐賀の愛すべきミニシアターにて若松孝二と再会
作品は永遠に残るからな、と言い続けた若松監督の言葉を
そのままに辿る時間となった。
佐賀。なかなか、強烈なイメージを喚起しにくい土地ではある。
でも、この市内で、熱い思いと軽やかなフットワークで
ミニシアターの文化と空間をつくりあげる挑戦が続いている。
「シアター・シエマ」by 69'ners Film(シックスナイナーズフィルム)
若松監督も、渚ようこさん通じてのご縁で、「キャタピラー」以降
いくつもの作品を上映して頂き、監督も自ら舞台挨拶に訪れている。
「なかなか、いい映画館なんだよ。
だけど、お客がそんなに集まってないんだよ。もったいないんだよ」
そんな言葉を監督から聞いていた。
11月10日(日)、佐賀BOOKマルシェという地元のイベントの一環で
69'ners Filmの企画で、「言葉と映画」というテーマのトークイベントが
佐賀の商店街の一角のコミュニティスペースにて行われた。
トークゲストは、若松孝二の映画を語らせたら
とどまる事を知らない熱き思いが溢れ出す社会学者の宮台真司さん。
そして若松作品と言葉(あるいは書籍)という観点から、
近作の制作及び書籍を編集してきた大友麻子もご一緒させていただいた。
司会は、この企画の仕掛人、69'ners Filmの松瀬理恵さん。
時にシャープな論戦で他者の頭脳の追随を許さない宮台さんだが
今回は、実に穏やかに言葉豊かに、そして真摯に、
暗闇のスクリーンで映画を見るという事そのものの「映画性」、
突き抜けられない現実を、突き抜けられない故にその中にとどまるのでなく
そのさらに外側にある「なにか」の輝きを求めて、しかし求めるが故に挫折していく
自分たちの今の日常を生きる中で、そうした作品に出会う事の意味を語り
佐賀のミニシアターへの強いエールを送った。
若松監督が言葉とどう格闘し、そこから映像を紡ぎだしていったか。
近作の思い、さらには遺作となった「千年の愉楽」も
おそらく、母性の映画という側面も指摘されるけれども
路地から出たい、ここから出て生きたいと求めるが故に挫折していく
あの青年たちを描くための題材であったはずである事、
作品を語りながら、いつのまにか、若松監督その人を語るトークとなった。
作品は、常にそこにあり、見るものが、扉を押し開けて入ってくるのを待っている。
夜には、シアターシエマにて「理由なき暴行」(1969年)の上映。
上映前に宮台さんによる短いトークが行われた。
トークは上映後に限る、と思っていたが、宮台さんのトークを聞いて
その考えはくつがえされた。
1969年という時代がどのような時代であったか。
当時の新宿という空間がどのような意味を持っていたか。
電車とは、小田急線とは、網走番外地とは。
映像の中に、脚本の中に、密やかに織り込まれた作り手の意図を
(意識したものも無意識のものも含めて)
ノイズにならない範囲で、前提のものとして共有する事によって
世代を超えて、作品に向き合う素地が作られて行く。
その様子を目の前で実感する事ができた。
そして、スクリーンの中に立ち現れて来た青年たちのつぶやき
彼らをとりまく風景、それら全ての中に
ヒリヒリとした行き場のない思いを抱えていた
あの頃の若松孝二を、しかと目撃する事ができた。
シアターシエマ、若松監督が絶賛していただけあって
密やかに静かな時間の流れる小さなたまり場的なカフェがあり
劇場内の椅子にもソファあり寝椅子あり。
休日の遊び場といえばショッピングモール、という町の中で
ひときわ、その存在感を際立たせていたのである。
そのシエマにて、今週金曜日まで
「若松孝二追悼特集」上映がレイト枠で続いている。
http://ciema.info/index.php?itemid=3255
「理由なき暴行」「欲望の血がしたたる」「水のないプール」を
日替わりで上映している。
少し足を踏み入れるのを躊躇しているとしても。
そこに、日常をぐにゃりとねじまげてくれるような
不思議な時間が待っているかもしれない。
劇場という空間は、お客と劇場と作品の作り手が
それぞれにコミットしながらつくりあげていく場所だと
実感させてくれたシエマでの一日であった。
そのままに辿る時間となった。
佐賀。なかなか、強烈なイメージを喚起しにくい土地ではある。
でも、この市内で、熱い思いと軽やかなフットワークで
ミニシアターの文化と空間をつくりあげる挑戦が続いている。
「シアター・シエマ」by 69'ners Film(シックスナイナーズフィルム)
若松監督も、渚ようこさん通じてのご縁で、「キャタピラー」以降
いくつもの作品を上映して頂き、監督も自ら舞台挨拶に訪れている。
「なかなか、いい映画館なんだよ。
だけど、お客がそんなに集まってないんだよ。もったいないんだよ」
そんな言葉を監督から聞いていた。
11月10日(日)、佐賀BOOKマルシェという地元のイベントの一環で
69'ners Filmの企画で、「言葉と映画」というテーマのトークイベントが
佐賀の商店街の一角のコミュニティスペースにて行われた。
トークゲストは、若松孝二の映画を語らせたら
とどまる事を知らない熱き思いが溢れ出す社会学者の宮台真司さん。
そして若松作品と言葉(あるいは書籍)という観点から、
近作の制作及び書籍を編集してきた大友麻子もご一緒させていただいた。
司会は、この企画の仕掛人、69'ners Filmの松瀬理恵さん。
時にシャープな論戦で他者の頭脳の追随を許さない宮台さんだが
今回は、実に穏やかに言葉豊かに、そして真摯に、
暗闇のスクリーンで映画を見るという事そのものの「映画性」、
突き抜けられない現実を、突き抜けられない故にその中にとどまるのでなく
そのさらに外側にある「なにか」の輝きを求めて、しかし求めるが故に挫折していく
自分たちの今の日常を生きる中で、そうした作品に出会う事の意味を語り
佐賀のミニシアターへの強いエールを送った。
若松監督が言葉とどう格闘し、そこから映像を紡ぎだしていったか。
近作の思い、さらには遺作となった「千年の愉楽」も
おそらく、母性の映画という側面も指摘されるけれども
路地から出たい、ここから出て生きたいと求めるが故に挫折していく
あの青年たちを描くための題材であったはずである事、
作品を語りながら、いつのまにか、若松監督その人を語るトークとなった。
作品は、常にそこにあり、見るものが、扉を押し開けて入ってくるのを待っている。
夜には、シアターシエマにて「理由なき暴行」(1969年)の上映。
上映前に宮台さんによる短いトークが行われた。
トークは上映後に限る、と思っていたが、宮台さんのトークを聞いて
その考えはくつがえされた。
1969年という時代がどのような時代であったか。
当時の新宿という空間がどのような意味を持っていたか。
電車とは、小田急線とは、網走番外地とは。
映像の中に、脚本の中に、密やかに織り込まれた作り手の意図を
(意識したものも無意識のものも含めて)
ノイズにならない範囲で、前提のものとして共有する事によって
世代を超えて、作品に向き合う素地が作られて行く。
その様子を目の前で実感する事ができた。
そして、スクリーンの中に立ち現れて来た青年たちのつぶやき
彼らをとりまく風景、それら全ての中に
ヒリヒリとした行き場のない思いを抱えていた
あの頃の若松孝二を、しかと目撃する事ができた。
シアターシエマ、若松監督が絶賛していただけあって
密やかに静かな時間の流れる小さなたまり場的なカフェがあり
劇場内の椅子にもソファあり寝椅子あり。
休日の遊び場といえばショッピングモール、という町の中で
ひときわ、その存在感を際立たせていたのである。
そのシエマにて、今週金曜日まで
「若松孝二追悼特集」上映がレイト枠で続いている。
http://ciema.info/index.php?itemid=3255
「理由なき暴行」「欲望の血がしたたる」「水のないプール」を
日替わりで上映している。
少し足を踏み入れるのを躊躇しているとしても。
そこに、日常をぐにゃりとねじまげてくれるような
不思議な時間が待っているかもしれない。
劇場という空間は、お客と劇場と作品の作り手が
それぞれにコミットしながらつくりあげていく場所だと
実感させてくれたシエマでの一日であった。
2013年10月30日水曜日
若松孝二写真展、新宿にて!
「実録・連合赤軍」ロケ佳境、あさま山荘放水シーンが始まった日。
一人の写真家が現地に訪れました。
その名は、グレート・ザ・歌舞伎町さん。
井浦さん(当時ARATA)のお知り合いという事でした。
そして、粉雪と怒号が飛び交う壮絶な現場で
シャッターを切り続けました。
歌舞伎町さんは、「11.25自決の日」のロケでも
バルコニーでの絶叫演説シーンと、
御殿場の自衛隊演習場でのゲリラ撮影の場に現れました。
この2作品の、クライマックスシーンの日にふらりと現れ
その日の若松孝二をファインダーに焼き付けて行きました。
その作品たちが、11月2日〜14日まで、
新宿のBEAMSギャラリーにて展示されます。
題して
GREAT THE KABUKICHO 写真展
若松孝二
11/2(sat)〜11/14(thu) 11:00〜20:00
11月3日には17時〜18時30分まで、
アーティストトークが行われ、
ゲストに井浦新さん、大西信満さんが登壇するそうです。(予約制)
http://www.beams.co.jp/news/detail/2464
若松孝二監督の写真展。
メイキング映像とはまた違った
若松監督の表情たちに会える事でしょう。
ぜひ、BEAMS JAPAN 6FのB GALLERYに足をお運びください。
一人の写真家が現地に訪れました。
その名は、グレート・ザ・歌舞伎町さん。
井浦さん(当時ARATA)のお知り合いという事でした。
そして、粉雪と怒号が飛び交う壮絶な現場で
シャッターを切り続けました。
歌舞伎町さんは、「11.25自決の日」のロケでも
バルコニーでの絶叫演説シーンと、
御殿場の自衛隊演習場でのゲリラ撮影の場に現れました。
この2作品の、クライマックスシーンの日にふらりと現れ
その日の若松孝二をファインダーに焼き付けて行きました。
その作品たちが、11月2日〜14日まで、
新宿のBEAMSギャラリーにて展示されます。
題して
GREAT THE KABUKICHO 写真展
若松孝二
11/2(sat)〜11/14(thu) 11:00〜20:00
11月3日には17時〜18時30分まで、
アーティストトークが行われ、
ゲストに井浦新さん、大西信満さんが登壇するそうです。(予約制)
http://www.beams.co.jp/news/detail/2464
若松孝二監督の写真展。
メイキング映像とはまた違った
若松監督の表情たちに会える事でしょう。
ぜひ、BEAMS JAPAN 6FのB GALLERYに足をお運びください。
2013年10月23日水曜日
高円寺フェスにて「胎児…」上映と宮台さん足立さんトーク!
怒濤の一周忌が終わりました。
すっかり秋が深まっています。
台風が次々と太平洋を北上する晩秋です。
今週末も空模様が怪しい中、高円寺フェスが開催されます。
そして、このイベントの一環「本とアートの産直市」の企画として
座・高円寺にて、「胎児が密猟する時」の上映&トークイベントが行われます。
若松監督初期傑作の1本を観て、
若松作品をこよなく愛してくださる宮台真司さんと
同作の脚本・助監督をされた足立正生さんをお招きしてのトーク。
密室での監禁劇、密室の外側の巨大な密室、調教は抑圧なのか解放なのか。
秋の一日、若松監督の作品に、ぜひ会いにいらしてください。
すっかり秋が深まっています。
台風が次々と太平洋を北上する晩秋です。
今週末も空模様が怪しい中、高円寺フェスが開催されます。
そして、このイベントの一環「本とアートの産直市」の企画として
座・高円寺にて、「胎児が密猟する時」の上映&トークイベントが行われます。
若松監督初期傑作の1本を観て、
若松作品をこよなく愛してくださる宮台真司さんと
同作の脚本・助監督をされた足立正生さんをお招きしてのトーク。
密室での監禁劇、密室の外側の巨大な密室、調教は抑圧なのか解放なのか。
秋の一日、若松監督の作品に、ぜひ会いにいらしてください。
2013年10月18日金曜日
若松孝二一周忌!
秋晴れの気持ちよい十三夜の夜。若松孝二一周忌を迎えた。
下高井戸シネマでは「千年の愉楽」に引き続き近作メイキング上映。
上映後の場内は、汗ばんでいるような、呼吸しているような
湿った熱で満たされていた。
その熱をじんわりと漂わせて、ジム・オルークさんの演奏が始まった。
「『海燕ホテル・ブルー』では、実際はギターをあまり使わなかったけれど
今日は、『海燕ホテル・ブルー』を演奏するのがいいでしょう」と語り、
ジムの手がギターをなでると、
静かに、黒砂漠と波しぶきが場内の空気を揺さぶり始めた…。
続く、渚ようこさんは、若松監督に時に厳しく鋭くアドバイスされながら
コマ劇単独リサイタルに挑んだ事などを話しながら
『実録・連合赤軍』劇中歌として歌って頂いた『ここは静かな最前線』。
そして、監督も大好きで、阿部薫さんが亡くなった時に聴いていたという
『Summer time』を、子宮に戻って行った監督に寄り添う子守唄のように。
そしてラストに『天使の恍惚』より『ウミツバメ』。
椅子から立ち上がって歌う渚さんの声に、高橋ピエールさんのギターがからみつく。
静かに熱く、闘い続けた監督への鎮魂歌。

空間を満たす音の中に、震える空気の中に
まるで映像のように思いや存在が立ち昇ってくる。
それは、各自の心の中にいる若松孝二の姿であるかもしれないし
その個的な姿を越えたなにものだったのかもしれない。
音を奏でる事は、太古より、彼方との道をつなぐ一つの方法だったのだと
全身で感じた瞬間だった。
ライブのラストは、若松監督も熱望していた
『千年の愉楽』の中村瑞希さんによる奄美の島唄と三線。
「最初にお話を頂いた時は、なぜ奄美の島唄なのかなと思ったのですが
小説を読み、脚本を読んで、ああ、通じている、と。
奄美は薩摩や琉球の支配という歴史を歩んで来て、
自分たちは口にする事もできないサトウキビを育てて献上してきた。
そして、その辛さや苦しさを島唄に込めていました。
監督に、奄美の言葉はわからなくても、その心の叫びが聴こえていたのでしょうか」
そして、マイクを通さない、中村さんの肉声の島唄のライブが始まった。

「糸繰り唄」「うけくま饅女節」
半蔵の、三好の、達男の、生きて死にゆく様を描く度に
ずっとこの節を監督が聴いていた、あの現場を思い出す。
時間も場所も、全てが一つの弧のようにつながっているようだった。
そして最後に『千年の愉楽』オリジナルの『バンバイ』を唄ってライブは終了した。
引き続き、井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さんが
壇上に並んでトークが始まった。

「常に、いつも監督の視線を感じる」とカメラマンの辻さんが語ると、
「近くにいてくれると感じずにはいられない」と井浦さん。
「一周忌だからいいことを言おうとかそういう事ではなく
間違いなく、今、自分たちがここに立って、こうして表現しているのは
若松さんのおかげである事を、役者もスタッフも感じている。
であればこそ、言葉でどうこう言うより、
きちんと仕事をやり続ける事でしか恩返しはできない」と大西さんが言葉をつなぎ
「僕は、監督との現場で初めてカメラの前に立った。
今も、どうやって闘えば、ああいう背中になれるのか、と追い求めている。
時間が経つと、罵倒の言葉も愛に変わっている。それを実感してきた1年だった」
と満島さんが語った。
しんみりと言葉をつないでいたが、後半、
大西さんが大森監督にカメラマンの辻さんを紹介しようとしたら、
実は独占欲の強い若松監督が
「俺が育てた辻君をなんで紹介するんだ!俺のもんだ!」と烈火の如く怒った話など
若松監督の素顔が垣間見えるトークで場内に笑いも。
濃密な時間が凝縮された空間は
ポレポレ東中野のレイトイベントへと移動して続けられた。
ポレポレ東中野では、若松監督デビュー作『甘い罠』が上映されるとあって
満員の場内は上映前から静かな熱気で満ちていた。
そして60分ほどの短いデビュー作が……。
「世の中には、甘い罠が満ちている……」というナレーションのもとで
60年代の東京の町並み、人間たちの姿が映し出される。
若い男のモヤモヤ、言葉、仕草、風景、女性の描き方。
不思議な事に、オーソドックスな画面の随所から
若干26歳の若松監督の姿が見えてくる。
あの時、この絵を切り取ろうとして、はち切れんばかりの負けず嫌いな思いで
現場に挑んでいた監督が見えてくるようで……。
あれよあれよと展開していく、物語の果てに
唐突に現れた「終」の文字。
灯りの付いた場内は、着地しきれない観客の気持ちが充満しつつ
再び、ジム・オルークさん、渚ようこさん&高橋ピエールさん、中村瑞希さんの
ライブが始まって行くのだった……。
そして、再びの4人のキャストスタッフトーク。
「……甘い罠……」と井浦さんが言葉を切り出すが
会話が回っていかない。これは『甘い罠』のトラップか。
「……『終』マークにこれほど驚愕したのは初めてで…」と大西さん。
「僕も前につんのめりました」と井浦さん。場内笑い。
辻さんが「僕は、ちょっと違う見方をしてました。
若い助監督から叩き上げの監督が、ここに至るまで
どんな思いをしてきたんだろう、と思うと、
違う意味で、涙がこみ上げて来ました」
「若松監督は、乱暴で乱暴で残酷な作り方をする、
あの100本以上の作品の最初の一滴、その源流なんだとしみじみ感じましたね。
最初の作品は技術スタッフもベテランばかりで、
若い監督は言葉でうまく伝えられずに
新聞の写真などを100カット切り抜いてスクラップブックに貼って
それで、「次はこの絵で」と説明したんだと話してくれた事を思い出しました」
と井浦さんも監督のデビュー作のエピソードを披露した。
「最後の唐突さは、海燕を思い出した」(辻さん)
「刺されて死ぬボス、地曵君(『海燕』主演)に似てたよね」(井浦さん)
「芝居も似てたね」(大西さん)
「監督、ブレてないんだよ…」(井浦さん)
「……」
「甘い罠のせいで、言葉少なくなったね。真之介はどうなの」(大西さん)
「甘い罠には、気をつけようと思います」(満島さん)
と、若松監督デビュー作でカウンターパンチをくらった4名は
かろうじて言葉をつなぎ、客席にいた若松監督の盟友・足立正生さんに
コメントを求める一幕も。
最後は、「どんなにこれからいくつもの現場をやっていくとしても
自分たちは、どこの出身か、と聞かれたら
『若松組です』って、そう答えだろうと思うんです」と大西さんが語り
「若松監督の現場で学んだ事は、身体の奥で原動力になってる。
監督が旅立ってから、若松監督の遺志を継いで…と言ってる人たちを
僕は反吐が出そうな思いで見ていました。
若松監督の映画は若松監督にしかできない。遺志を継ぐ事はできない。
監督の新しい作品はもう見る事はできないけれども
監督が遺してくれた作品たちとの出会いがこれから待っている。
時間をさかのぼるようにして観るのもいいと思います。
様々な場所で上映される折に、監督の作品を心ゆくまで楽しんでください」
と井浦さんが、11月に開催される「若松孝二写真展」や
12月に奄美大島で予定されている「千年の愉楽」ライブと上映とトークイベントなど
これからの事を告知して、トークイベントは終了した。




慌ただしくも濃密だった一周忌当日に引き続き
本日も下高井戸シネマにて『実録・連合赤軍』『11.25自決の日』2本立て。
そして、名古屋のシネマスコーレでも
『実録・連合赤軍』『キャタピラー』『11.25自決の日』上映と
各上映後に井浦さん大西さんのトークが行われている。
名古屋では、明日も
『若松孝二を語るシンポジウム』が行われ、スコーレ支配人の木全さんと
井浦さん、大西さんがじっくり若松孝二と作品を語る1時間半。
午後には『海燕ホテル・ブルー』の上映と舞台挨拶も。
さらに、夜には大阪『第七藝術劇場』にて
『実録・連合赤軍』『海燕ホテル・ブルー』上映と
こちらも井浦さんと大西さんのトークが行われる。
若松孝二、一周忌キャラバンは、続く。
たくさんの方に支えて頂いて実現できた一周忌を巡るイベント、
心より、感謝を申し上げます。
監督逝去直後に、予定通りに行った下高井戸シネマでの
『11.25自決の日』の上映とトークイベントや
急遽決まった東京国際映画祭での『実録・連合赤軍』追悼上映と
トークの時を思い出します。
打ち拉がれて、現実が飲み込めないままに、呆然としながらも
登壇してくださったキャストやカメラマンの辻さんの姿が一年前にはありました。
そして、今、遺作を全国に届けた後に、再び一年後に
このような形で登壇して頂けた事、劇場にたくさんの方に足を運んで頂いた事
このイベント実現のためにお骨折りくださった皆様に
心より、感謝申し上げます。
遠くの地から心を届けてくださった皆さまも、ありがとうございました。
下高井戸シネマでは「千年の愉楽」に引き続き近作メイキング上映。
上映後の場内は、汗ばんでいるような、呼吸しているような
湿った熱で満たされていた。
その熱をじんわりと漂わせて、ジム・オルークさんの演奏が始まった。
「『海燕ホテル・ブルー』では、実際はギターをあまり使わなかったけれど
今日は、『海燕ホテル・ブルー』を演奏するのがいいでしょう」と語り、
ジムの手がギターをなでると、
静かに、黒砂漠と波しぶきが場内の空気を揺さぶり始めた…。
続く、渚ようこさんは、若松監督に時に厳しく鋭くアドバイスされながら
コマ劇単独リサイタルに挑んだ事などを話しながら
『実録・連合赤軍』劇中歌として歌って頂いた『ここは静かな最前線』。
そして、監督も大好きで、阿部薫さんが亡くなった時に聴いていたという
『Summer time』を、子宮に戻って行った監督に寄り添う子守唄のように。
そしてラストに『天使の恍惚』より『ウミツバメ』。
椅子から立ち上がって歌う渚さんの声に、高橋ピエールさんのギターがからみつく。
静かに熱く、闘い続けた監督への鎮魂歌。
空間を満たす音の中に、震える空気の中に
まるで映像のように思いや存在が立ち昇ってくる。
それは、各自の心の中にいる若松孝二の姿であるかもしれないし
その個的な姿を越えたなにものだったのかもしれない。
音を奏でる事は、太古より、彼方との道をつなぐ一つの方法だったのだと
全身で感じた瞬間だった。
ライブのラストは、若松監督も熱望していた
『千年の愉楽』の中村瑞希さんによる奄美の島唄と三線。
「最初にお話を頂いた時は、なぜ奄美の島唄なのかなと思ったのですが
小説を読み、脚本を読んで、ああ、通じている、と。
奄美は薩摩や琉球の支配という歴史を歩んで来て、
自分たちは口にする事もできないサトウキビを育てて献上してきた。
そして、その辛さや苦しさを島唄に込めていました。
監督に、奄美の言葉はわからなくても、その心の叫びが聴こえていたのでしょうか」
そして、マイクを通さない、中村さんの肉声の島唄のライブが始まった。
「糸繰り唄」「うけくま饅女節」
半蔵の、三好の、達男の、生きて死にゆく様を描く度に
ずっとこの節を監督が聴いていた、あの現場を思い出す。
時間も場所も、全てが一つの弧のようにつながっているようだった。
そして最後に『千年の愉楽』オリジナルの『バンバイ』を唄ってライブは終了した。
引き続き、井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さんが
壇上に並んでトークが始まった。
「常に、いつも監督の視線を感じる」とカメラマンの辻さんが語ると、
「近くにいてくれると感じずにはいられない」と井浦さん。
「一周忌だからいいことを言おうとかそういう事ではなく
間違いなく、今、自分たちがここに立って、こうして表現しているのは
若松さんのおかげである事を、役者もスタッフも感じている。
であればこそ、言葉でどうこう言うより、
きちんと仕事をやり続ける事でしか恩返しはできない」と大西さんが言葉をつなぎ
「僕は、監督との現場で初めてカメラの前に立った。
今も、どうやって闘えば、ああいう背中になれるのか、と追い求めている。
時間が経つと、罵倒の言葉も愛に変わっている。それを実感してきた1年だった」
と満島さんが語った。
しんみりと言葉をつないでいたが、後半、
大西さんが大森監督にカメラマンの辻さんを紹介しようとしたら、
実は独占欲の強い若松監督が
「俺が育てた辻君をなんで紹介するんだ!俺のもんだ!」と烈火の如く怒った話など
若松監督の素顔が垣間見えるトークで場内に笑いも。
濃密な時間が凝縮された空間は
ポレポレ東中野のレイトイベントへと移動して続けられた。
ポレポレ東中野では、若松監督デビュー作『甘い罠』が上映されるとあって
満員の場内は上映前から静かな熱気で満ちていた。
そして60分ほどの短いデビュー作が……。
「世の中には、甘い罠が満ちている……」というナレーションのもとで
60年代の東京の町並み、人間たちの姿が映し出される。
若い男のモヤモヤ、言葉、仕草、風景、女性の描き方。
不思議な事に、オーソドックスな画面の随所から
若干26歳の若松監督の姿が見えてくる。
あの時、この絵を切り取ろうとして、はち切れんばかりの負けず嫌いな思いで
現場に挑んでいた監督が見えてくるようで……。
あれよあれよと展開していく、物語の果てに
唐突に現れた「終」の文字。
灯りの付いた場内は、着地しきれない観客の気持ちが充満しつつ
再び、ジム・オルークさん、渚ようこさん&高橋ピエールさん、中村瑞希さんの
ライブが始まって行くのだった……。
そして、再びの4人のキャストスタッフトーク。
「……甘い罠……」と井浦さんが言葉を切り出すが
会話が回っていかない。これは『甘い罠』のトラップか。
「……『終』マークにこれほど驚愕したのは初めてで…」と大西さん。
「僕も前につんのめりました」と井浦さん。場内笑い。
辻さんが「僕は、ちょっと違う見方をしてました。
若い助監督から叩き上げの監督が、ここに至るまで
どんな思いをしてきたんだろう、と思うと、
違う意味で、涙がこみ上げて来ました」
「若松監督は、乱暴で乱暴で残酷な作り方をする、
あの100本以上の作品の最初の一滴、その源流なんだとしみじみ感じましたね。
最初の作品は技術スタッフもベテランばかりで、
若い監督は言葉でうまく伝えられずに
新聞の写真などを100カット切り抜いてスクラップブックに貼って
それで、「次はこの絵で」と説明したんだと話してくれた事を思い出しました」
と井浦さんも監督のデビュー作のエピソードを披露した。
「最後の唐突さは、海燕を思い出した」(辻さん)
「刺されて死ぬボス、地曵君(『海燕』主演)に似てたよね」(井浦さん)
「芝居も似てたね」(大西さん)
「監督、ブレてないんだよ…」(井浦さん)
「……」
「甘い罠のせいで、言葉少なくなったね。真之介はどうなの」(大西さん)
「甘い罠には、気をつけようと思います」(満島さん)
と、若松監督デビュー作でカウンターパンチをくらった4名は
かろうじて言葉をつなぎ、客席にいた若松監督の盟友・足立正生さんに
コメントを求める一幕も。
最後は、「どんなにこれからいくつもの現場をやっていくとしても
自分たちは、どこの出身か、と聞かれたら
『若松組です』って、そう答えだろうと思うんです」と大西さんが語り
「若松監督の現場で学んだ事は、身体の奥で原動力になってる。
監督が旅立ってから、若松監督の遺志を継いで…と言ってる人たちを
僕は反吐が出そうな思いで見ていました。
若松監督の映画は若松監督にしかできない。遺志を継ぐ事はできない。
監督の新しい作品はもう見る事はできないけれども
監督が遺してくれた作品たちとの出会いがこれから待っている。
時間をさかのぼるようにして観るのもいいと思います。
様々な場所で上映される折に、監督の作品を心ゆくまで楽しんでください」
と井浦さんが、11月に開催される「若松孝二写真展」や
12月に奄美大島で予定されている「千年の愉楽」ライブと上映とトークイベントなど
これからの事を告知して、トークイベントは終了した。
慌ただしくも濃密だった一周忌当日に引き続き
本日も下高井戸シネマにて『実録・連合赤軍』『11.25自決の日』2本立て。
そして、名古屋のシネマスコーレでも
『実録・連合赤軍』『キャタピラー』『11.25自決の日』上映と
各上映後に井浦さん大西さんのトークが行われている。
名古屋では、明日も
『若松孝二を語るシンポジウム』が行われ、スコーレ支配人の木全さんと
井浦さん、大西さんがじっくり若松孝二と作品を語る1時間半。
午後には『海燕ホテル・ブルー』の上映と舞台挨拶も。
さらに、夜には大阪『第七藝術劇場』にて
『実録・連合赤軍』『海燕ホテル・ブルー』上映と
こちらも井浦さんと大西さんのトークが行われる。
若松孝二、一周忌キャラバンは、続く。
たくさんの方に支えて頂いて実現できた一周忌を巡るイベント、
心より、感謝を申し上げます。
監督逝去直後に、予定通りに行った下高井戸シネマでの
『11.25自決の日』の上映とトークイベントや
急遽決まった東京国際映画祭での『実録・連合赤軍』追悼上映と
トークの時を思い出します。
打ち拉がれて、現実が飲み込めないままに、呆然としながらも
登壇してくださったキャストやカメラマンの辻さんの姿が一年前にはありました。
そして、今、遺作を全国に届けた後に、再び一年後に
このような形で登壇して頂けた事、劇場にたくさんの方に足を運んで頂いた事
このイベント実現のためにお骨折りくださった皆様に
心より、感謝申し上げます。
遠くの地から心を届けてくださった皆さまも、ありがとうございました。
2013年10月17日木曜日
若松孝二監督の一周忌の一日
若松監督一周忌の日がきた。
ちょうど一年前に監督が逝去。
一年かけて、遺作「千年の愉楽」を全国で上映してきた。
監督が自ら作品を語る事はかなわなかったけれども
それぞれの上映の地で、作品は、見てくださった一人一人の方のものとなった。
本日も、引き続き、下高井戸シネマにて追悼特集が、
そしてポレポレ東中野ではレイトでのイベントが行われる。
下高井戸シネマでは「千年の愉楽」に引き続いて
「メイキング」60分バージョンの上映、
ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さんのライブ、
井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さんのトーク。
ポレポレ東中野では21時10分〜
若松監督デビュー作「甘い罠」上映、
ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さんのライブ、
井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さんのトーク。
若松監督が遺した一つ一つを辿って、一周忌という日を過ごす。
そして、昨夜も、下高井戸シネマにて、新たなトークの時間が刻まれた。
「海燕ホテル・ブルー」上映後のトークに、ヒロイン片山瞳さんと
「千年の愉楽」後家の初枝役の安部智凛さんが登壇した。
「これまでのトークでは常に、
大西さんや地曵さん、男たちに頼っていたと痛感してます…」と
安部さんが浮遊トークをスタートさせた。
片山さんが、安部さんが若松組初参加となった
「実録・連合赤軍」当時のエピソードを引き出そうと試みるも、
キャッチボールが時に横に飛ばされたり、静かに通過したりしながら
それでも2人の真摯さが会場内に伝わる、暖かなトーク。
「11.25自決の日」では、男役しかないところを
懸命に手紙を書いて、人形焼きに貼付けてポストに入れたら
全共闘の学生役を女性にして配役してもらえたエピソード。
安部さんも受けた「海燕」でのオーディションが
安部さんの時と片山さんの時では、微妙に状況が異なっていた事。
2人が訥々と語る若松組のエピソードの合間には、
15分ほどのメイキング上映も挟まれ、若松組の空気が会場内ににじんでくる。
場内からは「千年での後家の濡れ場が割とあっさり描かれたが、その理由は?」
との問いも。
「半蔵の目がとても奇麗なんだ、奇麗な若者なんだ。
その半蔵にあまり汚らしい事をさせたくないんだよ」と、
本番の5分前に台本が大幅に変わった事などを安部さんが明かした。
若松監督からの言葉で自分の中で大切にしているものは、との問いに
片山さんが「”お前ならどうする”という問いかけ。
監督を喪ってから、それぞれがずっと、
この問いを自分自身に投げかけてきた一年だった気がするんです」
安部さんは、「今まで怖くてまともにはなせなかった監督」が
『千年の愉楽』の打ち上げの前に、こっそり牡蠣とビールを堪能しご機嫌で帰って来て
いきなり「お前、飲み会好きか?」と聞いてきた時のエピソードを語った。
「好きですって答えたら、そうか。お前に足りないのは人間観察だ。
こうやって人が飲み食いしているところをよく観察してみろ。
いろんな人間がいるんだよ、それを観察する事だ、と言われまして…」
監督は人を観察するのが好きだった。
電車にずっと乗っていても、人をあれこれ観察していると
ちっとも飽きないのだ、と言っていた。
だから、若松プロに居る時は、いつも緊張するのだった。
一挙手一投足、じーっと観察する監督が、いつも事務所の真ん中に座っていた。
片山さんが、最後にまとめた。
「『海燕』を、私の地元の福岡で上映するために監督が手を尽くしてくださって
私の家族を招いて挨拶してくださった。
その時に、『人はね、人を愛するべきなんだよ』と。
そして、『どうしても許せないものとは闘うべきなんだよ。
だから、僕は原発とは闘うんだ』と言われた事を覚えてます」
「監督、恋愛ネタ好きでしたよね」と安部さんの一言コメントで
笑いの余韻を残し、トークは終了した。
毎回、毎回、その瞬間ならではの言葉が飛び出し、空気が色づく。
そんな連日トークも本日が最後である。
澄んだ秋晴れの一日に。
ちょうど一年前に監督が逝去。
一年かけて、遺作「千年の愉楽」を全国で上映してきた。
監督が自ら作品を語る事はかなわなかったけれども
それぞれの上映の地で、作品は、見てくださった一人一人の方のものとなった。
本日も、引き続き、下高井戸シネマにて追悼特集が、
そしてポレポレ東中野ではレイトでのイベントが行われる。
下高井戸シネマでは「千年の愉楽」に引き続いて
「メイキング」60分バージョンの上映、
ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さんのライブ、
井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さんのトーク。
ポレポレ東中野では21時10分〜
若松監督デビュー作「甘い罠」上映、
ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さんのライブ、
井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さんのトーク。
若松監督が遺した一つ一つを辿って、一周忌という日を過ごす。
そして、昨夜も、下高井戸シネマにて、新たなトークの時間が刻まれた。
「海燕ホテル・ブルー」上映後のトークに、ヒロイン片山瞳さんと
「千年の愉楽」後家の初枝役の安部智凛さんが登壇した。
「これまでのトークでは常に、
大西さんや地曵さん、男たちに頼っていたと痛感してます…」と
安部さんが浮遊トークをスタートさせた。
片山さんが、安部さんが若松組初参加となった
「実録・連合赤軍」当時のエピソードを引き出そうと試みるも、
キャッチボールが時に横に飛ばされたり、静かに通過したりしながら
それでも2人の真摯さが会場内に伝わる、暖かなトーク。
「11.25自決の日」では、男役しかないところを
懸命に手紙を書いて、人形焼きに貼付けてポストに入れたら
全共闘の学生役を女性にして配役してもらえたエピソード。
安部さんも受けた「海燕」でのオーディションが
安部さんの時と片山さんの時では、微妙に状況が異なっていた事。
2人が訥々と語る若松組のエピソードの合間には、
15分ほどのメイキング上映も挟まれ、若松組の空気が会場内ににじんでくる。
場内からは「千年での後家の濡れ場が割とあっさり描かれたが、その理由は?」
との問いも。
「半蔵の目がとても奇麗なんだ、奇麗な若者なんだ。
その半蔵にあまり汚らしい事をさせたくないんだよ」と、
本番の5分前に台本が大幅に変わった事などを安部さんが明かした。
若松監督からの言葉で自分の中で大切にしているものは、との問いに
片山さんが「”お前ならどうする”という問いかけ。
監督を喪ってから、それぞれがずっと、
この問いを自分自身に投げかけてきた一年だった気がするんです」
安部さんは、「今まで怖くてまともにはなせなかった監督」が
『千年の愉楽』の打ち上げの前に、こっそり牡蠣とビールを堪能しご機嫌で帰って来て
いきなり「お前、飲み会好きか?」と聞いてきた時のエピソードを語った。
「好きですって答えたら、そうか。お前に足りないのは人間観察だ。
こうやって人が飲み食いしているところをよく観察してみろ。
いろんな人間がいるんだよ、それを観察する事だ、と言われまして…」
監督は人を観察するのが好きだった。
電車にずっと乗っていても、人をあれこれ観察していると
ちっとも飽きないのだ、と言っていた。
だから、若松プロに居る時は、いつも緊張するのだった。
一挙手一投足、じーっと観察する監督が、いつも事務所の真ん中に座っていた。
片山さんが、最後にまとめた。
「『海燕』を、私の地元の福岡で上映するために監督が手を尽くしてくださって
私の家族を招いて挨拶してくださった。
その時に、『人はね、人を愛するべきなんだよ』と。
そして、『どうしても許せないものとは闘うべきなんだよ。
だから、僕は原発とは闘うんだ』と言われた事を覚えてます」
「監督、恋愛ネタ好きでしたよね」と安部さんの一言コメントで
笑いの余韻を残し、トークは終了した。
毎回、毎回、その瞬間ならではの言葉が飛び出し、空気が色づく。
そんな連日トークも本日が最後である。
澄んだ秋晴れの一日に。
2013年10月16日水曜日
嵐の中、トークまで残ってくださったお客さまたち
昨夜は大型台風接近、しかし追悼特集の続く下高井戸シネマでは
「千年の愉楽」と「11.25自決の日」の二本立て上映。
そして森田必勝を演じた満島真之介さんと
自衛隊富士学校校長を演じたKUMAさんこと篠原勝之さんが
風雨強まる中、劇場に駆けつけてくださった。
上映後、トーク前に帰ろうとするお客さんに向かってKUMAさんが
「これからトークだぞ」
「台風だから…」
「台風なんて、まだ来ないぞ、台風とトークとどっちが大事だ」
と、よく考えると、よく分からない会話を交わした後に
「じゃ、聞いて行きます」と劇場内に戻られたお客様も。
そして、KUMAさん×満島真之介さんという
今回初の顔合わせコンビによるトークが始まった。
「11.25自決の日」では、KUMAさんとの共演シーンがほとんどなかった満島さん
ゆっくり話をするのは、この日が初めてだった。
「クマ、お前はダラ幹なんだから、適当にやればいいから」
と監督に託されたKUMAさんは、その時に他の出演者たちが交わした
事前の打ち合わせを一切飛び越えて、カメラが回るや否やいきなり盃に口をつけて
乾杯の前に「あ、飲んじゃった!」
そのまま、全員がそれぞれの芝居を続け、KUMAさんは
三島の熱き防衛論も馬耳東風で、一人巻貝をほじくって美味しそうに食べ続け…。
「僕の事は、いつも容赦なく怒っていた監督だったけど
あの時は、もう何も口も挟めない、という様子でKUMAさんの芝居見てましたね」
と、監督の横で小さくなって現場を見学していた満島さんが振り返った。
「俺はよ、役者じゃねえんだから、いいんだよ、あれで。
監督はそんなものを俺には求めてないんだからよ。
でも、お前さんは、ずっと怒られていたんだってね?」とKUMAさん。
監督に追いつめられて追いつめられて、人生で初めて感じた反抗心。
若松監督との出会いで引きずり出された感情を語った満島さんは
KUMAさんに、監督との出会いについて尋ねた。
「1970年代、新宿騒乱なんかが終わって少しぼやけた時代に
行き場のない若者やら小説家やら音楽家やら映画監督が
新宿ゴールデン街にはたむろしていたんだな。
そこでは、言葉で自分を主張していても、それがうまくいかないと
違う方法で触れ合う事がしょっちゅうあってな。
その触れ合いって、ちょっと痛いんだ。時々、血が出たりもするんだ。
その上、お巡りからも逃げなくちゃいけないから、忙しいんだ。
気づいたら、若松組対状況劇場で、殴り合いになったりしてネ。
若松さんとは、そういう触れ合いをしてたんだな」
場内からは、笑いが漏れる。
「そういう触れ合いに、僕はすごく憧れるんです。
僕らの時代はメールだのネットだのが触れ合いだと思ってる。
そんな中で、年齢もうんと上の監督と、現場で最後まで
ケンカをやり遂げる事ができたんだと思ってます」と満島さんが語った。
「今も心のどこかで、ずっと、あの時感じた監督との瞬間を求めている。
あの時の熱を、また得られるものだろうかと、ずっと探し求めているんです」
話題は、満島さんの彫りの深い顔立ち、父方の祖父のルーツにさかのぼり
さらには、カンヌ映画祭での出来事にまで及んだ。
「僕、前に大西さんや新さんから、
『初めての映画の現場を若松組で経験したなんて、
お前は本当に幸せな若者だけど、同時に不幸せなやつだと思うよ』と言われたんです。
こんな現場をデビューの時に経験してしまう事の幸せと不幸せ。
僕はその狭間にいるように感じてます」
すると、KUMAさんが言った。
「お前さんの、ヨーロッパの血もひっくるめた特権的な肉体を持って
若松さんから直接の圧力を受けながらやり遂げて、火がついたもの、
その先鋭的なものを丸くしたりせず失わずにずっとやっていけば
いつかまた、出会うんじゃないか。
俺は、ワカマツイズムというのは、若松さんみたいなスタイルで
映画を撮る人の事であって、若松さんといくら一緒に仕事をやって
ワカマツイズムなんて言っても、真似できるものじゃない、
ワカマツイズムを引き継ぐなんて、そんな事ができるわけないと思ってる。
全てをなげうってでも、自分の怒りを映像にしていこうとする
映画をやりたいばっかりに、サメ軟骨でも怪しいものでもなんでも売る。
映画のためのカネだったら、なんだっていいんだ。
そういう怒りを、なんとかして表現しようという奴が、
今の原発だとか世の中を怒りを持って見つめている中学生くらいの子らの中から
いつか出てくるんじゃないかと思っているんだよ。
それこそがワカマツイズムだよ。
きっとまた、いつか出てくるだろうと思ってるんだよ」

少なくとも、若松監督の現場で直接にその圧力を全身で体感した事。
それによって満島さんの身体に遺されたものが、いつか出会う現場で
表現の渦に巻き込まれ、立ち現れてくる時が来る。
そんな事を想像し、胸が熱くなる。
「それにしたって、あれだけ脳梗塞やら前立腺やら肺がんやらを
やっつけてきた人が、うっかりタクシーとケンカして負けちゃうんだから
それが、やっぱり残念なんだよな、ね」
トーク終了後、会場から拍手が。
また、最近、三島の「豊穣の海」一巻を読んで
劇場に足を運んだというお客様からも
真之介君の演技に圧倒された、素晴らしかった、との発言も。
トーク後のサイン会では、トーク前に帰ろうとして
KUMAさんに止められて話を聞いて行ってくださった青年が
「残って話を聞いて本当に良かったです!」と
パンフレットにサインを求めてくださった。
満島さんの若い輝きと、KUMAさんの行間からさまざまがにじみだす言葉。
外は風雨激しさが増し、監督のお通夜の日、
あるいは監督が逝去した夜の冷たい雨を思い出しながら
しかし、胸の内側にフツフツと暖かなものが沸き上がる夜だった。
本日は、「海燕ホテル・ブルー」との2本だて。
そして、ヒロイン片山瞳さんと、「千年」後家役の安部智凛さんの女子トーク。
「海燕」のロケ地、伊豆大島は昨夜の台風で大きな被害を受けたとの事。
2年半前のロケを思い出しつつ、被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。
そして、明日はいよいよ監督の一周忌のその日です。
下高井戸シネマでは「千年の愉楽」「近作メイキング」上映。
ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さんのライブ。
そして、トークに満島真之介さんの飛び入り参加が決まりました!
トーク:井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さん(カメラマン)
さらに、ポレポレ東中野では監督のデビュー作「甘い罠」上映と
下高井戸シネマと同じラインナップによるライブ・トークを行います。
長い夜を過ごしたいと思います。
ぜひ、劇場に足をお運びください。
「千年の愉楽」と「11.25自決の日」の二本立て上映。
そして森田必勝を演じた満島真之介さんと
自衛隊富士学校校長を演じたKUMAさんこと篠原勝之さんが
風雨強まる中、劇場に駆けつけてくださった。
上映後、トーク前に帰ろうとするお客さんに向かってKUMAさんが
「これからトークだぞ」
「台風だから…」
「台風なんて、まだ来ないぞ、台風とトークとどっちが大事だ」
と、よく考えると、よく分からない会話を交わした後に
「じゃ、聞いて行きます」と劇場内に戻られたお客様も。
そして、KUMAさん×満島真之介さんという
今回初の顔合わせコンビによるトークが始まった。
「11.25自決の日」では、KUMAさんとの共演シーンがほとんどなかった満島さん
ゆっくり話をするのは、この日が初めてだった。
「クマ、お前はダラ幹なんだから、適当にやればいいから」
と監督に託されたKUMAさんは、その時に他の出演者たちが交わした
事前の打ち合わせを一切飛び越えて、カメラが回るや否やいきなり盃に口をつけて
乾杯の前に「あ、飲んじゃった!」
そのまま、全員がそれぞれの芝居を続け、KUMAさんは
三島の熱き防衛論も馬耳東風で、一人巻貝をほじくって美味しそうに食べ続け…。
「僕の事は、いつも容赦なく怒っていた監督だったけど
あの時は、もう何も口も挟めない、という様子でKUMAさんの芝居見てましたね」
と、監督の横で小さくなって現場を見学していた満島さんが振り返った。
「俺はよ、役者じゃねえんだから、いいんだよ、あれで。
監督はそんなものを俺には求めてないんだからよ。
でも、お前さんは、ずっと怒られていたんだってね?」とKUMAさん。
監督に追いつめられて追いつめられて、人生で初めて感じた反抗心。
若松監督との出会いで引きずり出された感情を語った満島さんは
KUMAさんに、監督との出会いについて尋ねた。
「1970年代、新宿騒乱なんかが終わって少しぼやけた時代に
行き場のない若者やら小説家やら音楽家やら映画監督が
新宿ゴールデン街にはたむろしていたんだな。
そこでは、言葉で自分を主張していても、それがうまくいかないと
違う方法で触れ合う事がしょっちゅうあってな。
その触れ合いって、ちょっと痛いんだ。時々、血が出たりもするんだ。
その上、お巡りからも逃げなくちゃいけないから、忙しいんだ。
気づいたら、若松組対状況劇場で、殴り合いになったりしてネ。
若松さんとは、そういう触れ合いをしてたんだな」
場内からは、笑いが漏れる。
「そういう触れ合いに、僕はすごく憧れるんです。
僕らの時代はメールだのネットだのが触れ合いだと思ってる。
そんな中で、年齢もうんと上の監督と、現場で最後まで
ケンカをやり遂げる事ができたんだと思ってます」と満島さんが語った。
「今も心のどこかで、ずっと、あの時感じた監督との瞬間を求めている。
あの時の熱を、また得られるものだろうかと、ずっと探し求めているんです」
話題は、満島さんの彫りの深い顔立ち、父方の祖父のルーツにさかのぼり
さらには、カンヌ映画祭での出来事にまで及んだ。
「僕、前に大西さんや新さんから、
『初めての映画の現場を若松組で経験したなんて、
お前は本当に幸せな若者だけど、同時に不幸せなやつだと思うよ』と言われたんです。
こんな現場をデビューの時に経験してしまう事の幸せと不幸せ。
僕はその狭間にいるように感じてます」
すると、KUMAさんが言った。
「お前さんの、ヨーロッパの血もひっくるめた特権的な肉体を持って
若松さんから直接の圧力を受けながらやり遂げて、火がついたもの、
その先鋭的なものを丸くしたりせず失わずにずっとやっていけば
いつかまた、出会うんじゃないか。
俺は、ワカマツイズムというのは、若松さんみたいなスタイルで
映画を撮る人の事であって、若松さんといくら一緒に仕事をやって
ワカマツイズムなんて言っても、真似できるものじゃない、
ワカマツイズムを引き継ぐなんて、そんな事ができるわけないと思ってる。
全てをなげうってでも、自分の怒りを映像にしていこうとする
映画をやりたいばっかりに、サメ軟骨でも怪しいものでもなんでも売る。
映画のためのカネだったら、なんだっていいんだ。
そういう怒りを、なんとかして表現しようという奴が、
今の原発だとか世の中を怒りを持って見つめている中学生くらいの子らの中から
いつか出てくるんじゃないかと思っているんだよ。
それこそがワカマツイズムだよ。
きっとまた、いつか出てくるだろうと思ってるんだよ」
少なくとも、若松監督の現場で直接にその圧力を全身で体感した事。
それによって満島さんの身体に遺されたものが、いつか出会う現場で
表現の渦に巻き込まれ、立ち現れてくる時が来る。
そんな事を想像し、胸が熱くなる。
「それにしたって、あれだけ脳梗塞やら前立腺やら肺がんやらを
やっつけてきた人が、うっかりタクシーとケンカして負けちゃうんだから
それが、やっぱり残念なんだよな、ね」
トーク終了後、会場から拍手が。
また、最近、三島の「豊穣の海」一巻を読んで
劇場に足を運んだというお客様からも
真之介君の演技に圧倒された、素晴らしかった、との発言も。
トーク後のサイン会では、トーク前に帰ろうとして
KUMAさんに止められて話を聞いて行ってくださった青年が
「残って話を聞いて本当に良かったです!」と
パンフレットにサインを求めてくださった。
満島さんの若い輝きと、KUMAさんの行間からさまざまがにじみだす言葉。
外は風雨激しさが増し、監督のお通夜の日、
あるいは監督が逝去した夜の冷たい雨を思い出しながら
しかし、胸の内側にフツフツと暖かなものが沸き上がる夜だった。
本日は、「海燕ホテル・ブルー」との2本だて。
そして、ヒロイン片山瞳さんと、「千年」後家役の安部智凛さんの女子トーク。
「海燕」のロケ地、伊豆大島は昨夜の台風で大きな被害を受けたとの事。
2年半前のロケを思い出しつつ、被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。
そして、明日はいよいよ監督の一周忌のその日です。
下高井戸シネマでは「千年の愉楽」「近作メイキング」上映。
ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さんのライブ。
そして、トークに満島真之介さんの飛び入り参加が決まりました!
トーク:井浦新さん、大西信満さん、満島真之介さん、辻智彦さん(カメラマン)
さらに、ポレポレ東中野では監督のデビュー作「甘い罠」上映と
下高井戸シネマと同じラインナップによるライブ・トークを行います。
長い夜を過ごしたいと思います。
ぜひ、劇場に足をお運びください。
2013年10月15日火曜日
若松監督に再会するディープな一週間、続行中。
若松孝二追悼”時代を撃ち続けた男、人生最後の5本”特集として
「千年の愉楽」と近作2本だて続行中の下高井戸シネマ。
13日(日)は『キャタピラー』との2本立て。
上映後には、若松監督の熱烈ラブコールに応えて
近作2本の主演を果たした女優、寺島しのぶさんが、
共演者の大西信満さん、カメラマン辻智彦さんとともにトークに登壇した。
「下高井戸シネマは初めてですが、監督ゆかりの劇場と聞いて
足を運ばせて頂きました。私の中では、1年前から時が止まっているようですが…」
と寺島さんが冒頭の挨拶を述べ、大西さんも
「ここは、監督と何度も一緒に足を運んだ思い出のある劇場です」と
しんみりとトークが始まった……と思いきや、
「(カメラマン)辻さんがどうしても監督の作品をやりたくて、
一杯も飲まずに朝まで飲み屋につきあって監督を落とした」
というエピソードが、実は監督の調子のよい思い込みだった事が判明し
「劇映画もやった事のない僕には思いも寄らない事で
監督はドキュメンタリーのカメラマンを探していたみたいで
いきなり『お前、やれ』と。嬉しかったですが、それはびっくりしましたよ」と。
さらには、レバノンで監督とともに拘束された当時のエピソードまで飛び出した。
「最初は強気でいたけれども、手錠を外され、靴ひもを取れ、と言われた時は、
一気に元気がなくなり、しょぼーんとしてました。
拘置所経験のある監督は、紐を取れ、という事が
何を意味するか(ブタ箱の中で自殺しないように、という意味)分かったんですね」
当時は、監督から「入院したから、チョンジュ映画祭には一人で行ってくれ」
と連絡をもらって一人韓国入りしていた大西さんは
ヤフーニュースで「若松孝二レバノンで拘束」というニュースを見て
びっくり仰天したという。
笑いとともに次から次へと飛び出すエピソード。
『キャタピラー』では、錯乱状態になった久蔵が頭を畳にうちつけて
血まみれになるシーンがある。
あの血は、じつは仕込みではなく、大西さん自身の流血である。
芝居の中で、自分の頭を激しく打ち付け、頭が割れてしまったのだ。
若松組らしい、あの時のエピソードにも花が咲いた。
カット割りもしない、仕込みをするそぶりもない。
でも、ト書きには、血まみれの久蔵と書いてある。
どうしよう…と思い悩んだ末の大西さんの身体を張った演技であったが、
カットがかかった瞬間、寺島さんが大西さんを叱りつけたという。
「私もあの時、どこかハイテンションになって、尋常じゃなくなっていたから
大西君を怒ったなんて、覚えていない。
でも、血がどんどん出てくるし、監督はカットかけないでずっと回しているし
もう、どうしようどうしようって…」
最後は頭の傷をホチキスで簡易止めしてクランクアップまで耐えた大西さん。
実は『実録・連合赤軍』の現場でも最終日に足首をひどく捻挫して病院に運ばれた。
その時、監督が怒ったのは、自分の身体を心配してではなく
「保険の掛け金が次回から上がっちゃうだろ!って(笑)」
カネに厳しい若松監督だったが、監督として作品を引き受けるのみならず
「自由に自分で表現を続けるためには、カネが必要だ、という事。
ものをつくる、という事において、その部分は見えづらいけれども
その見えづらい部分でも闘っている人だったと思う」と
辻さんが監督の事を振り返った。
寺島さんも「和やかな『キャタピラー』の打ち上げの時に
ホテル代が高いって、いきなり制作の人を怒りだした若松監督。
普通、俳優の前では言わないような事だけど、
私がそこにいる事すら気づかないほど必死なんです。
あの瞬間の監督は、もうプロデューサーですよね。
ものをつくるって、こういう事なんだなあって思いました」
「実は、あれを見て制作の人を気の毒に思ったホテル側が
少し値引きしてくれたんですよ。
だから、監督、半分本気、半分はホテル向けの芝居だったかも」(辻さん)
語り始めると、話は尽きない。
どこまでもお茶目で我がままでふざけながら本気になって
いつも作品づくりの事ばかり考えていた若松監督。
そして同じ日、函館では、
赤煉瓦倉庫のスクリーンでも『千年の愉楽』追悼上映が。
ゲストの篠原勝之さんが、若松監督との北海道の旅の事、
映画の事、ものづくりの事、作品の事、飲み屋の事
なんと一日に4回ものトークに立ってくださっていた。
そして本日の下高井戸シネマ。
「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」との2本だて。
トークゲストは、森田必勝を演じた満島真之介さんと
自衛隊の富士学校校長を演じた篠原勝之さん。
毎回、毎回、出色のトークが繰り広げられる。
本日は、どのようなエピソードが飛び出すか。
悪天候になりそうですが、どうぞぜひ、劇場に足をお運びください。
若松監督の葬儀の時。
思えば、お通夜の日は午後から雷鳴轟く嵐の日だった。
あれから、1年なのである。
「千年の愉楽」と近作2本だて続行中の下高井戸シネマ。
13日(日)は『キャタピラー』との2本立て。
上映後には、若松監督の熱烈ラブコールに応えて
近作2本の主演を果たした女優、寺島しのぶさんが、
共演者の大西信満さん、カメラマン辻智彦さんとともにトークに登壇した。
「下高井戸シネマは初めてですが、監督ゆかりの劇場と聞いて
足を運ばせて頂きました。私の中では、1年前から時が止まっているようですが…」
と寺島さんが冒頭の挨拶を述べ、大西さんも
「ここは、監督と何度も一緒に足を運んだ思い出のある劇場です」と
しんみりとトークが始まった……と思いきや、
「(カメラマン)辻さんがどうしても監督の作品をやりたくて、
一杯も飲まずに朝まで飲み屋につきあって監督を落とした」
というエピソードが、実は監督の調子のよい思い込みだった事が判明し
「劇映画もやった事のない僕には思いも寄らない事で
監督はドキュメンタリーのカメラマンを探していたみたいで
いきなり『お前、やれ』と。嬉しかったですが、それはびっくりしましたよ」と。
さらには、レバノンで監督とともに拘束された当時のエピソードまで飛び出した。
「最初は強気でいたけれども、手錠を外され、靴ひもを取れ、と言われた時は、
一気に元気がなくなり、しょぼーんとしてました。
拘置所経験のある監督は、紐を取れ、という事が
何を意味するか(ブタ箱の中で自殺しないように、という意味)分かったんですね」
当時は、監督から「入院したから、チョンジュ映画祭には一人で行ってくれ」
と連絡をもらって一人韓国入りしていた大西さんは
ヤフーニュースで「若松孝二レバノンで拘束」というニュースを見て
びっくり仰天したという。
笑いとともに次から次へと飛び出すエピソード。
『キャタピラー』では、錯乱状態になった久蔵が頭を畳にうちつけて
血まみれになるシーンがある。
あの血は、じつは仕込みではなく、大西さん自身の流血である。
芝居の中で、自分の頭を激しく打ち付け、頭が割れてしまったのだ。
若松組らしい、あの時のエピソードにも花が咲いた。
カット割りもしない、仕込みをするそぶりもない。
でも、ト書きには、血まみれの久蔵と書いてある。
どうしよう…と思い悩んだ末の大西さんの身体を張った演技であったが、
カットがかかった瞬間、寺島さんが大西さんを叱りつけたという。
「私もあの時、どこかハイテンションになって、尋常じゃなくなっていたから
大西君を怒ったなんて、覚えていない。
でも、血がどんどん出てくるし、監督はカットかけないでずっと回しているし
もう、どうしようどうしようって…」
最後は頭の傷をホチキスで簡易止めしてクランクアップまで耐えた大西さん。
実は『実録・連合赤軍』の現場でも最終日に足首をひどく捻挫して病院に運ばれた。
その時、監督が怒ったのは、自分の身体を心配してではなく
「保険の掛け金が次回から上がっちゃうだろ!って(笑)」
カネに厳しい若松監督だったが、監督として作品を引き受けるのみならず
「自由に自分で表現を続けるためには、カネが必要だ、という事。
ものをつくる、という事において、その部分は見えづらいけれども
その見えづらい部分でも闘っている人だったと思う」と
辻さんが監督の事を振り返った。
寺島さんも「和やかな『キャタピラー』の打ち上げの時に
ホテル代が高いって、いきなり制作の人を怒りだした若松監督。
普通、俳優の前では言わないような事だけど、
私がそこにいる事すら気づかないほど必死なんです。
あの瞬間の監督は、もうプロデューサーですよね。
ものをつくるって、こういう事なんだなあって思いました」
「実は、あれを見て制作の人を気の毒に思ったホテル側が
少し値引きしてくれたんですよ。
だから、監督、半分本気、半分はホテル向けの芝居だったかも」(辻さん)
語り始めると、話は尽きない。
どこまでもお茶目で我がままでふざけながら本気になって
いつも作品づくりの事ばかり考えていた若松監督。
そして同じ日、函館では、
赤煉瓦倉庫のスクリーンでも『千年の愉楽』追悼上映が。
ゲストの篠原勝之さんが、若松監督との北海道の旅の事、
映画の事、ものづくりの事、作品の事、飲み屋の事
なんと一日に4回ものトークに立ってくださっていた。
そして本日の下高井戸シネマ。
「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」との2本だて。
トークゲストは、森田必勝を演じた満島真之介さんと
自衛隊の富士学校校長を演じた篠原勝之さん。
毎回、毎回、出色のトークが繰り広げられる。
本日は、どのようなエピソードが飛び出すか。
悪天候になりそうですが、どうぞぜひ、劇場に足をお運びください。
若松監督の葬儀の時。
思えば、お通夜の日は午後から雷鳴轟く嵐の日だった。
あれから、1年なのである。
2013年10月13日日曜日
下高井戸シネマにて追悼上映スタート!
10月12日(土)下高井戸シネマにて
特集 若松孝二監督一周忌特別企画
"時代を撃ち続けた表現者 人生最後の5本"
「千年の愉楽」と近作の二本立て上映がスタートした。
初日の昨夜は「海燕ホテル・ブルー」との2本だて。
「海燕」のヒロインかつ「千年」で遊女蘭子を演じた片山瞳さん、
「海燕」で仲間を裏切った過去を持つ男を演じたウダタカキさん、
「千年の愉楽」で後家の初枝を演じた安部智凛さんの3名が
上映後トークを行った。
実はウダさんと安部さんは、「実録・連合赤軍」で
内縁上の夫婦、吉野雅邦さんと金子みちよさんを演じている事もあり
気心の知れた同志との再会、事前の打ち合わせも何もせず
いきなり壇上にて、3人のトークセッションがスタートした。
「海燕」ではヒロインとしてとても大切に扱われたという片山さん
一方、初の若松組の現場で、撮影初日から怒られ続けて
役を降ろされるのではないか、と追いつめられたという安部さん。
ウダさんも、女優2人から若松監督のエピソードや印象を引き出そうと
質問を重ねつつ、自身の体験を語った。
次第に会話は、いかに現場での監督が理不尽だったかというエピソードに花が咲く。
監督の意見に沿って使っていた衣装や髪型や小道具について
2ヶ月以上に及ぶロケの後、クランクアップ直前になって
「かっこつけてこんな色の服着やがって!」
「なんだ、こんな坊ちゃん刈りしやがって!」
「眼鏡でお前の目が見えねえんだよ!なんで眼鏡なんかしてんだよ!」
「ああいうのが、僕は本当にいやだった!」と苦笑しつつ、ウダさんは
「レンセキも三島も、作品となったものを見た時に
青春映画になっている事を感じて、ものすごい違和感が残ったんです。
この事を、青春の物語にしてしまっていいのか、と。
僕自身の中に、それは未だに解消できないものとして残されている。
それでも、監督は結局、常に、お前らはそれでいいんだ、という事を
言い続けていたんじゃないか、と。善とか悪とか関係なくて、
お前らがそれをやりたいと思ったんだったら、それでいいんだ、と
若い奴らの全面的な理解者であろうとしたんじゃないかと思った」と語った。
「そういう一面もあるし、『海燕』や『千年』では
監督は母性的なもの、女性へのあこがれや優しさを全面的に描いていて
それも若松監督だったと思う」と片山さん。
「男だったな、と思うんです。若松さんは。
理不尽さも含めて、ほおっておけなくなるような男の人でした。
昨年の釜山映画祭を監督と共に行って、それから1週間後にいなくなってしまった。
今年も釜山映画祭は、あの時の監督との時間をたどる旅でした」
人生を賭ける程の意気込みで「実録・連合赤軍」から
若松作品に挑み続けて来た安部さんは
監督の死後、その事を乗り越えられずにもがいていた時
共演者から「お前、今は辛くてたまらないだろうけれども
3年は続けろ、それが、若松監督への仁義じゃないか」といわれ
今、自分が投げ出してしまったら若松監督から学んだ事は無になる
それであれば、役者を今は続けて行くべきだと決意した事を明かした。
お客さんになんとか楽しんでもらおうと
3者3様に頑張ったトークは、臨場感たっぷり
聞き手も語り手と一体になってハラハラしたり泣き笑いしたり
あっという間の50分だった。
若松監督がこの場にいたら、決して口からは語られる事のなかった
エピソードの数々が飛び出した。
理不尽で、かんしゃく持ちで、でも、美味しいものを作って食べさせたり
みんなの喜ぶ顔を見るのが大好きだった監督。
思い出す事は美しい話ばかりではない。
笑い話、腹が立った現場でのあの瞬間この瞬間。
それでも、残した作品、私たち一人一人に突きつけた監督の思い
それらを、スクリーンを通して、あるいは作品を共有した人との再会を通して
若松孝二は、昨夜も確かに、あの場にいた。
本日は「キャタピラー」との二本立て。
寺島しのぶさん、大西信満さん、カメラマン辻智彦さんのトークです。
15時20分〜上映スタート。
劇場にて、お待ちしております。
また、本日は函館映画祭主催「若松孝二追悼上映」
赤煉瓦倉庫にて上映中。
トークゲストは若松監督の盟友で北海道出身の
鉄のゲージツ家KUMAさんこと篠原勝之さん。
先ほど、無事、一回目の上映トーク終了しました。
本日、合計4回上映予定です。
若松孝二という人を世界が喪って1年。
若松孝二に託された最後の現場、というような思いを抱え
それぞれの地で一周忌追悼上映が行われています。
特集 若松孝二監督一周忌特別企画
"時代を撃ち続けた表現者 人生最後の5本"
「千年の愉楽」と近作の二本立て上映がスタートした。
初日の昨夜は「海燕ホテル・ブルー」との2本だて。
「海燕」のヒロインかつ「千年」で遊女蘭子を演じた片山瞳さん、
「海燕」で仲間を裏切った過去を持つ男を演じたウダタカキさん、
「千年の愉楽」で後家の初枝を演じた安部智凛さんの3名が
上映後トークを行った。
実はウダさんと安部さんは、「実録・連合赤軍」で
内縁上の夫婦、吉野雅邦さんと金子みちよさんを演じている事もあり
気心の知れた同志との再会、事前の打ち合わせも何もせず
いきなり壇上にて、3人のトークセッションがスタートした。
「海燕」ではヒロインとしてとても大切に扱われたという片山さん
一方、初の若松組の現場で、撮影初日から怒られ続けて
役を降ろされるのではないか、と追いつめられたという安部さん。
ウダさんも、女優2人から若松監督のエピソードや印象を引き出そうと
質問を重ねつつ、自身の体験を語った。
次第に会話は、いかに現場での監督が理不尽だったかというエピソードに花が咲く。
監督の意見に沿って使っていた衣装や髪型や小道具について
2ヶ月以上に及ぶロケの後、クランクアップ直前になって
「かっこつけてこんな色の服着やがって!」
「なんだ、こんな坊ちゃん刈りしやがって!」
「眼鏡でお前の目が見えねえんだよ!なんで眼鏡なんかしてんだよ!」
「ああいうのが、僕は本当にいやだった!」と苦笑しつつ、ウダさんは
「レンセキも三島も、作品となったものを見た時に
青春映画になっている事を感じて、ものすごい違和感が残ったんです。
この事を、青春の物語にしてしまっていいのか、と。
僕自身の中に、それは未だに解消できないものとして残されている。
それでも、監督は結局、常に、お前らはそれでいいんだ、という事を
言い続けていたんじゃないか、と。善とか悪とか関係なくて、
お前らがそれをやりたいと思ったんだったら、それでいいんだ、と
若い奴らの全面的な理解者であろうとしたんじゃないかと思った」と語った。
「そういう一面もあるし、『海燕』や『千年』では
監督は母性的なもの、女性へのあこがれや優しさを全面的に描いていて
それも若松監督だったと思う」と片山さん。
「男だったな、と思うんです。若松さんは。
理不尽さも含めて、ほおっておけなくなるような男の人でした。
昨年の釜山映画祭を監督と共に行って、それから1週間後にいなくなってしまった。
今年も釜山映画祭は、あの時の監督との時間をたどる旅でした」
人生を賭ける程の意気込みで「実録・連合赤軍」から
若松作品に挑み続けて来た安部さんは
監督の死後、その事を乗り越えられずにもがいていた時
共演者から「お前、今は辛くてたまらないだろうけれども
3年は続けろ、それが、若松監督への仁義じゃないか」といわれ
今、自分が投げ出してしまったら若松監督から学んだ事は無になる
それであれば、役者を今は続けて行くべきだと決意した事を明かした。
お客さんになんとか楽しんでもらおうと
3者3様に頑張ったトークは、臨場感たっぷり
聞き手も語り手と一体になってハラハラしたり泣き笑いしたり
あっという間の50分だった。
若松監督がこの場にいたら、決して口からは語られる事のなかった
エピソードの数々が飛び出した。
理不尽で、かんしゃく持ちで、でも、美味しいものを作って食べさせたり
みんなの喜ぶ顔を見るのが大好きだった監督。
思い出す事は美しい話ばかりではない。
笑い話、腹が立った現場でのあの瞬間この瞬間。
それでも、残した作品、私たち一人一人に突きつけた監督の思い
それらを、スクリーンを通して、あるいは作品を共有した人との再会を通して
若松孝二は、昨夜も確かに、あの場にいた。
本日は「キャタピラー」との二本立て。
寺島しのぶさん、大西信満さん、カメラマン辻智彦さんのトークです。
15時20分〜上映スタート。
劇場にて、お待ちしております。
また、本日は函館映画祭主催「若松孝二追悼上映」
赤煉瓦倉庫にて上映中。
トークゲストは若松監督の盟友で北海道出身の
鉄のゲージツ家KUMAさんこと篠原勝之さん。
先ほど、無事、一回目の上映トーク終了しました。
本日、合計4回上映予定です。
若松孝二という人を世界が喪って1年。
若松孝二に託された最後の現場、というような思いを抱え
それぞれの地で一周忌追悼上映が行われています。
2013年9月20日金曜日
10月17日、若松孝二一周忌
10月17日、若松孝二一周忌
10月17日は、下高井戸シネマにて
「千年の愉楽」「メイキング」上映とライブとトーク。
そして、ポレポレ東中野にて、
若松孝二デビュー作「甘い罠」上映とライブとトーク。
どちらの劇場も、ライブとトークは同じゲスト。
ライブは、ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さん。
トークは、井浦新さん、大西信満さん、辻智彦さん。
ポレポレ東中野のチラシが出来上がった。
若松監督デビュー作「甘い罠」
これまで、「俺が唯一、一人でホンも書いて作った作品だよ。
お巡り殺したら、これが学生たちから大受けで…」と
話にはよく聞いていたけれど、観る機会はなかった。
技術スタッフの方がうんとベテランだから
自分でカットを100枚切り抜いて作ったクラップブックを手に
「次はこのカットでお願いします」って頭を下げながらやったと言っていた。
最初の一歩から、気が遠くなるような小さな一歩一歩を重ね続けて
毀誉褒貶はげしくとも何のそので、作品を作って来たのだなあと思う。
監督の背中が遠いなあと思ってたら、気づくと真横でゆっくり歩いていたり
時々、背後で子どものように遊んでいたりしていたなと思う。
それが、若松孝二の歩んで来た道だったんだなと思う。
これから10月に入ると、文芸坐でのオールナイトや
函館での追悼上映や、名古屋、大阪での上映などが続く。
あっという間に一周忌である。
監督の最後の最後の打ち上げ花火を、きれいにあげて見送ろう。
「千年の愉楽」「メイキング」上映とライブとトーク。
そして、ポレポレ東中野にて、
若松孝二デビュー作「甘い罠」上映とライブとトーク。
どちらの劇場も、ライブとトークは同じゲスト。
ライブは、ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さん。
トークは、井浦新さん、大西信満さん、辻智彦さん。
ポレポレ東中野のチラシが出来上がった。
若松監督デビュー作「甘い罠」
これまで、「俺が唯一、一人でホンも書いて作った作品だよ。
お巡り殺したら、これが学生たちから大受けで…」と
話にはよく聞いていたけれど、観る機会はなかった。
技術スタッフの方がうんとベテランだから
自分でカットを100枚切り抜いて作ったクラップブックを手に
「次はこのカットでお願いします」って頭を下げながらやったと言っていた。
最初の一歩から、気が遠くなるような小さな一歩一歩を重ね続けて
毀誉褒貶はげしくとも何のそので、作品を作って来たのだなあと思う。
監督の背中が遠いなあと思ってたら、気づくと真横でゆっくり歩いていたり
時々、背後で子どものように遊んでいたりしていたなと思う。
それが、若松孝二の歩んで来た道だったんだなと思う。
これから10月に入ると、文芸坐でのオールナイトや
函館での追悼上映や、名古屋、大阪での上映などが続く。
あっという間に一周忌である。
監督の最後の最後の打ち上げ花火を、きれいにあげて見送ろう。
2013年9月13日金曜日
釜山の地に若松孝二のてのひら
釜山映画祭の季節がやってきた。
昨年、釜山映画祭の開会式の現場から
「ものすっごい大きい規模の映画祭だよ、驚いたよ!」と
監督が興奮した声で電話をかけてきた。
映画祭の最中に監督が手形を押すセレモニーもあり
「11.25自決の日」「海燕ホテル・ブルー」「千年の愉楽」特別上映もあり
マスターズクラスの講演会もあった。
あの時の監督の手形を、葬儀に間に合うように釜山映画祭の方が
持って来てくださったので、青山斎場の一角に置かせて頂いたのだった。
そして、来たる10月2日に釜山国際映画祭広場にその手形が設置されるという。
日々は流れていき、最後の新作の公開も一区切りし
若松孝二という存在は、
関わった一人一人の歴史の中に刻まれた存在として
それぞれに歩み始めた感がある。
10月17日は、若松監督の一周忌である。
その前後に、様々な追悼上映が各地で企画されている。
その一つが、監督が昨年行くはずで、交通事故のために
井浦さんのみの参加となってしまった”函館映画祭”主催の上映会。
10月13日に「千年の愉楽」を終日上映し、ゲストによるトークやサイン会を行う。
■日時:10月13日(日) ①10:00 ②13:00 ③16:00 ④19:00
■会場:金森赤レンガ倉庫金森ホール(函館市末広町14-12)
■料金:一般前売 1,000円 (当日1,300円) 前売学生 800円 (当日1,000円)
高校生以下 500円
10月12日から一週間は、下高井戸シネマにて
「千年の愉楽」と、下記日替わり近作の二本立て上映も。
日替わりで、様々なゲストが来てくださる予定。
(ゲストはまだまだ増える予定!)
10月12日「海燕ホテル・ブルー」ゲスト:片山瞳さん、ウダタカキさん、安部智凛さん(予定)
10月13日「キャタピラー」ゲスト:寺島しのぶさん、大西信満さん、辻智彦さん(キャメラマン)
10月14日「実録・連合赤軍」(トークなし)
10月15日「11.25自決の日」ゲスト:篠原勝之さん
10月16日「海燕ホテル・ブルー」ゲスト:片山瞳さん、ウダタカキさん、安部智凛さん(予定)
10月17日「メイキング」ゲスト:井浦新さん、大西信満さん、辻智彦さん
「ライブ」ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さん
10月18日「連合赤軍」と「11.25自決の日」の二本立て ※「千年の愉楽」は17日までです。(トークなし)
命日の17日には「メイキング」上映と
3人のアーティストのライブと若松組2人のトークと盛りだくさん。
さらにその日は、ポレポレ東中野にてレイトイベントとして、
21時10分〜若松監督デビュー作「甘い罠」上映と
下高井戸シネマに引き続いての
ジムさん、渚さん、中村さんミニライブ、井浦さん大西さんミニトークも企画。
続く18日は名古屋シネマスコーレにて、19日は大阪第七藝術劇場にて、
それぞれ「千年の愉楽」「連合赤軍」「キャタピラー」
「11.25自決の日」「海燕」などを上映し、
井浦さんと大西さんがトークにかけつけてくださる。
この1年を言葉にするのは、なかなか難しい事であるが
それぞれが監督を偲びつつ、それぞれの現場で走って来た1年を経て
若松孝二デビュー作を見ながら、スクリーンでなにものかに出会えるような
そんなイベントにできたらと願っている。
各イベントについて、
改めて詳細を告知していく予定です。
昨年、釜山映画祭の開会式の現場から
「ものすっごい大きい規模の映画祭だよ、驚いたよ!」と
監督が興奮した声で電話をかけてきた。
映画祭の最中に監督が手形を押すセレモニーもあり
「11.25自決の日」「海燕ホテル・ブルー」「千年の愉楽」特別上映もあり
マスターズクラスの講演会もあった。
あの時の監督の手形を、葬儀に間に合うように釜山映画祭の方が
持って来てくださったので、青山斎場の一角に置かせて頂いたのだった。
そして、来たる10月2日に釜山国際映画祭広場にその手形が設置されるという。
日々は流れていき、最後の新作の公開も一区切りし
若松孝二という存在は、
関わった一人一人の歴史の中に刻まれた存在として
それぞれに歩み始めた感がある。
10月17日は、若松監督の一周忌である。
その前後に、様々な追悼上映が各地で企画されている。
その一つが、監督が昨年行くはずで、交通事故のために
井浦さんのみの参加となってしまった”函館映画祭”主催の上映会。
10月13日に「千年の愉楽」を終日上映し、ゲストによるトークやサイン会を行う。
■日時:10月13日(日) ①10:00 ②13:00 ③16:00 ④19:00
■会場:金森赤レンガ倉庫金森ホール(函館市末広町14-12)
■料金:一般前売 1,000円 (当日1,300円) 前売学生 800円 (当日1,000円)
高校生以下 500円
10月12日から一週間は、下高井戸シネマにて
「千年の愉楽」と、下記日替わり近作の二本立て上映も。
日替わりで、様々なゲストが来てくださる予定。
(ゲストはまだまだ増える予定!)
10月12日「海燕ホテル・ブルー」ゲスト:片山瞳さん、ウダタカキさん、安部智凛さん(予定)
10月13日「キャタピラー」ゲスト:寺島しのぶさん、大西信満さん、辻智彦さん(キャメラマン)
10月14日「実録・連合赤軍」(トークなし)
10月15日「11.25自決の日」ゲスト:篠原勝之さん
10月16日「海燕ホテル・ブルー」ゲスト:片山瞳さん、ウダタカキさん、安部智凛さん(予定)
10月17日「メイキング」ゲスト:井浦新さん、大西信満さん、辻智彦さん
「ライブ」ジム・オルークさん、渚ようこさん、中村瑞希さん
10月18日「連合赤軍」と「11.25自決の日」の二本立て ※「千年の愉楽」は17日までです。(トークなし)
命日の17日には「メイキング」上映と
3人のアーティストのライブと若松組2人のトークと盛りだくさん。
さらにその日は、ポレポレ東中野にてレイトイベントとして、
21時10分〜若松監督デビュー作「甘い罠」上映と
下高井戸シネマに引き続いての
ジムさん、渚さん、中村さんミニライブ、井浦さん大西さんミニトークも企画。
続く18日は名古屋シネマスコーレにて、19日は大阪第七藝術劇場にて、
それぞれ「千年の愉楽」「連合赤軍」「キャタピラー」
「11.25自決の日」「海燕」などを上映し、
井浦さんと大西さんがトークにかけつけてくださる。
この1年を言葉にするのは、なかなか難しい事であるが
それぞれが監督を偲びつつ、それぞれの現場で走って来た1年を経て
若松孝二デビュー作を見ながら、スクリーンでなにものかに出会えるような
そんなイベントにできたらと願っている。
各イベントについて、
改めて詳細を告知していく予定です。
2013年8月19日月曜日
満席の新・文芸坐、熱気と言葉と
17日(土)、ギラギラと真夏の太陽が照りつける池袋。
「終戦の日によせて 社会派・反戦映画特集」が組まれた新・文芸坐にて
「実録・連合赤軍」と「11.25自決の日」二本立て上映が終日行われました。
15時20分、『実録・連合赤軍』上映後、トークイベント開始。
坂東國男を演じた大西信満さんと『11.25自決の日』で
森田必勝を演じた満島真之介さんが壇上へ。
この2人のタッグは久しぶりです。
2人とも、映画やドラマなど、様々な現場で忙しく活躍している中
久しぶりの若松作品の現場へと、駆けつけてくれたのでした。
「僕は沖縄出身で、同年代の人たちの中では、
恐らく、戦争について考えていた方だったと思うけれども
それでも、年々、年を重ねるにつれて、自分の中で腑に落ちて行くものがある。
今こそ、若松監督と話をしたいと思うけれども、かなわない思い。
そうであるならば、若松監督の思いを体現したものとして
自分が語って行こうと思っています」と冒頭に満島さん。
森田必勝として生きた若松組の現場を語るのは久しぶりだといいます。
「若松監督は、森田役にはこだわり続けて、ずっといろんな人と会っていたよね。
そんな中で、舞台経験しかない真之介を一目見て決めたのは、
未知数ながら、きっと彼の中にあるまっすぐさ、ひたむきさを感じ取ったのでは」と
『11.25自決の日』で倉持清役を演じながら、
現場で満島さんを支えていた大西さんが語りました。
「何やっても、お前怒られてたもんな」
「そうですね。
私服のまま朝食を食べてたら『なんで衣装着てないんだ!たるんでるぞ!』と怒られ
翌朝、しっかり制服着て食べてたら『なに衣装着てメシ食ってるんだ!
チャラチャラしやがって!』と(笑)」
それは、若松監督の計算ずくの演出だったと大西さんが語りました。
「人のいい真之介をぶちこわして、殺気立った目を引き出す。
人間の芯の部分をむき出しにする。連合赤軍の時もそうだった。
俺だけなぜか吊るし上げ状態。日々総括。
監督が坂東さんに直接とある場所で会って話を聞いているんですね。
その思いが強くあるからこそ、より演者に強いエネルギーで向かってくる」
満島さんは、『11.25自決の日』の現場に入る前、若松作品と出会った。
「早稲田松竹で『レンセキ』と『キャタピラー』二本立て観てたんです。
うわー、生半可な気持ちでは、ここには追いつけない!と思った。
連赤の現場がうらやましくもあり、あの場にいなくて良かった、とも思った」
人間が人間に対峙する。
「演出家」と「演者」を越えた火花が飛び散る。
そんな若松組の現場の空気が思い出されるトークでした。
会場からは「森田と三島の関係、師弟を越えた、エロティックな部分など
映像から少し読み取れるところもあったが、監督の演出は?」といった質問も。
「その部分については、若松監督も言及していたけれども
『俺には、その事はどうでもいいんだよ、あってもなくても、関係ないんだよ』と
描きたい部分は、『何かを変えたい』という思いの部分なんだ、という
監督の強い決意がありました」と満島さんが答えた。
また、戦中に次男として生まれたというある男性は
「自分の名前は、天皇のために立派に死ぬ、という親の願いを込めて
付けられました。長男は死んだら困るけど、次男はお国のために、という。
そういう時代があったのです」と発言してくださいました。
大西さんは「右とか左とかではなく、監督は、
何かに挑んだ若者たちの存在を単なる犯罪とかテロのようなものとして
歴史の暗部に押し込める事への強い憤りがあった。
その存在を描くのが、目撃者としての自分の使命だと思ってたと思う。
肉体は滅んでも、作品は残すのだという強い決意だった」と語り
あっという間の40分のトークは終了しました。
今、下北沢トリウッドにて、若松監督が戦争を描いた2作
『裸の影 恐るべき遺産』『キャタピラー』が上映中です。
戦後68年目の夏、若松監督のスクリーンでの吠え声は
今も私たちの耳に響き続けます。
「終戦の日によせて 社会派・反戦映画特集」が組まれた新・文芸坐にて
「実録・連合赤軍」と「11.25自決の日」二本立て上映が終日行われました。
15時20分、『実録・連合赤軍』上映後、トークイベント開始。
坂東國男を演じた大西信満さんと『11.25自決の日』で
森田必勝を演じた満島真之介さんが壇上へ。
この2人のタッグは久しぶりです。
2人とも、映画やドラマなど、様々な現場で忙しく活躍している中
久しぶりの若松作品の現場へと、駆けつけてくれたのでした。
「僕は沖縄出身で、同年代の人たちの中では、
恐らく、戦争について考えていた方だったと思うけれども
それでも、年々、年を重ねるにつれて、自分の中で腑に落ちて行くものがある。
今こそ、若松監督と話をしたいと思うけれども、かなわない思い。
そうであるならば、若松監督の思いを体現したものとして
自分が語って行こうと思っています」と冒頭に満島さん。
森田必勝として生きた若松組の現場を語るのは久しぶりだといいます。
「若松監督は、森田役にはこだわり続けて、ずっといろんな人と会っていたよね。
そんな中で、舞台経験しかない真之介を一目見て決めたのは、
未知数ながら、きっと彼の中にあるまっすぐさ、ひたむきさを感じ取ったのでは」と
『11.25自決の日』で倉持清役を演じながら、
現場で満島さんを支えていた大西さんが語りました。
「何やっても、お前怒られてたもんな」
「そうですね。
私服のまま朝食を食べてたら『なんで衣装着てないんだ!たるんでるぞ!』と怒られ
翌朝、しっかり制服着て食べてたら『なに衣装着てメシ食ってるんだ!
チャラチャラしやがって!』と(笑)」
それは、若松監督の計算ずくの演出だったと大西さんが語りました。
「人のいい真之介をぶちこわして、殺気立った目を引き出す。
人間の芯の部分をむき出しにする。連合赤軍の時もそうだった。
俺だけなぜか吊るし上げ状態。日々総括。
監督が坂東さんに直接とある場所で会って話を聞いているんですね。
その思いが強くあるからこそ、より演者に強いエネルギーで向かってくる」
満島さんは、『11.25自決の日』の現場に入る前、若松作品と出会った。
「早稲田松竹で『レンセキ』と『キャタピラー』二本立て観てたんです。
うわー、生半可な気持ちでは、ここには追いつけない!と思った。
連赤の現場がうらやましくもあり、あの場にいなくて良かった、とも思った」
人間が人間に対峙する。
「演出家」と「演者」を越えた火花が飛び散る。
そんな若松組の現場の空気が思い出されるトークでした。
会場からは「森田と三島の関係、師弟を越えた、エロティックな部分など
映像から少し読み取れるところもあったが、監督の演出は?」といった質問も。
「その部分については、若松監督も言及していたけれども
『俺には、その事はどうでもいいんだよ、あってもなくても、関係ないんだよ』と
描きたい部分は、『何かを変えたい』という思いの部分なんだ、という
監督の強い決意がありました」と満島さんが答えた。
また、戦中に次男として生まれたというある男性は
「自分の名前は、天皇のために立派に死ぬ、という親の願いを込めて
付けられました。長男は死んだら困るけど、次男はお国のために、という。
そういう時代があったのです」と発言してくださいました。
大西さんは「右とか左とかではなく、監督は、
何かに挑んだ若者たちの存在を単なる犯罪とかテロのようなものとして
歴史の暗部に押し込める事への強い憤りがあった。
その存在を描くのが、目撃者としての自分の使命だと思ってたと思う。
肉体は滅んでも、作品は残すのだという強い決意だった」と語り
あっという間の40分のトークは終了しました。
今、下北沢トリウッドにて、若松監督が戦争を描いた2作
『裸の影 恐るべき遺産』『キャタピラー』が上映中です。
戦後68年目の夏、若松監督のスクリーンでの吠え声は
今も私たちの耳に響き続けます。
2013年8月17日土曜日
ポレポレ東中野が満員になった夜
昨夜、ポレポレ東中野にて一夜限りに
『裸の影 恐るべき遺産』上映。
上映後には塚本晋也監督のトークが行われる事もあって
きれいに満席となった場内でした。
新作始動で超多忙の中、駆けつけてくださった塚本監督、
「恐ろしい戦争を正攻法に描きながらも、可愛らしいというか
ああ、好きなんだな、というような、若松監督らしさが
どうまじめに撮ってもにじみ出てくるような感じがあって
いいんだ、にじみ出てきちゃって、これでいいんだって
勇気をもらえましたね」と作品についての印象を語りました。
ちょっとしたアングルの遊び心、お客さんへのサービス心、
いろいろちりばめつつも、正攻法に初々しく描きながら
やっぱり根底には、戦争の理不尽さへの怒り。
常に怒りが原動力となっていた若松監督らしさは
塚本監督が、若松監督や深作監督、崔監督らとともに中国の映画学校に
文化交流に行ったエピソードの中にも。
中国当局を交えての親睦会の場でも、持論をぶち上げ、
トラブルで『鉄男』が上映できなくなった時には
親分肌を発揮する若松監督なのでした。
塚本監督と若松監督は、作風は全く異なるけれども
「塚本君は玩具の中で遊んでいるみたいなんだよな」と
若松監督が一目置いていた塚本作品の魅力。
「自分の中で、何かムズムズする事があると
それをメモしておく、というのはありますが、
そこに、その時代なり社会の状況なりが重ならないと
なかなか水面下から出てこない、というのがあって。
それが、ある状況になった時に、ムズムズが映像になっていく」
と自らの作品の源流について塚本監督が語りました。
そして、これまでは自らの頭の中ばかりを突ついて突ついて映像を作ってきたけれど
この人の頭の中を描いてみたい、と塚本監督に思わしめた存在が
Coccoさん、そして生まれたのが「KOTOKO」であった事、
子どもを守らねばならない母親の精神を描きつつ、
折しも起きた震災と原発事故が時代背景となって
見る人に、さらに深い問いを突きつけてくる。
…というような作品を撮り終えた塚本監督が、次に向かうのは?
と、新作について、会場から質問が出ました。
これまでの作品をつくりながらも、内側に温めてた思い
時代状況への危機感も含めて、塚本監督の控えめな言葉の中に
次回作への強い思いが語られました。
若松監督と塚本監督はかつてラジオの対談の中で
若松「俺たちはさ、BOX東中野(ポレポレの前身)に来てくれるような
お客さんを相手に映画を作って行きたいよな」
塚本「映画はぶきっちょに、好きな人は少なくてもいいから
その人たちだけムチャクチャ好きでいてもらえるようなのをつくりたい」
と語っていたのですが、
その劇場にて、若松監督の初期作品をお客さんとともに観て
若松監督や映画について塚本監督に語って頂く時間を持てた事、
何よりも、終戦記念日の翌日に、「戦争」を描いた作品を通して
再び若松監督に邂逅できた事に、巡り合わせを感じたイベントでした。
作品は、次々と生まれ、そして生まれると、ずっと残っていきます。
「表現に時効はないんだよ」と語り、
「映画は俺の玩具なんだよ」と語った若松監督、
「玩具ったって、こっちは命がけで遊んでんだよ」とも。
本日は、新・文芸坐にて「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」と
「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の二本立てが続いてます。
15時20分からは、大西信満さんと満島真之介さんがトークに駆けつけます。
『裸の影 恐るべき遺産』上映。
上映後には塚本晋也監督のトークが行われる事もあって
きれいに満席となった場内でした。
新作始動で超多忙の中、駆けつけてくださった塚本監督、
「恐ろしい戦争を正攻法に描きながらも、可愛らしいというか
ああ、好きなんだな、というような、若松監督らしさが
どうまじめに撮ってもにじみ出てくるような感じがあって
いいんだ、にじみ出てきちゃって、これでいいんだって
勇気をもらえましたね」と作品についての印象を語りました。
ちょっとしたアングルの遊び心、お客さんへのサービス心、
いろいろちりばめつつも、正攻法に初々しく描きながら
やっぱり根底には、戦争の理不尽さへの怒り。
常に怒りが原動力となっていた若松監督らしさは
塚本監督が、若松監督や深作監督、崔監督らとともに中国の映画学校に
文化交流に行ったエピソードの中にも。
中国当局を交えての親睦会の場でも、持論をぶち上げ、
トラブルで『鉄男』が上映できなくなった時には
親分肌を発揮する若松監督なのでした。
塚本監督と若松監督は、作風は全く異なるけれども
「塚本君は玩具の中で遊んでいるみたいなんだよな」と
若松監督が一目置いていた塚本作品の魅力。
「自分の中で、何かムズムズする事があると
それをメモしておく、というのはありますが、
そこに、その時代なり社会の状況なりが重ならないと
なかなか水面下から出てこない、というのがあって。
それが、ある状況になった時に、ムズムズが映像になっていく」
と自らの作品の源流について塚本監督が語りました。
そして、これまでは自らの頭の中ばかりを突ついて突ついて映像を作ってきたけれど
この人の頭の中を描いてみたい、と塚本監督に思わしめた存在が
Coccoさん、そして生まれたのが「KOTOKO」であった事、
子どもを守らねばならない母親の精神を描きつつ、
折しも起きた震災と原発事故が時代背景となって
見る人に、さらに深い問いを突きつけてくる。
…というような作品を撮り終えた塚本監督が、次に向かうのは?
と、新作について、会場から質問が出ました。
これまでの作品をつくりながらも、内側に温めてた思い
時代状況への危機感も含めて、塚本監督の控えめな言葉の中に
次回作への強い思いが語られました。
若松監督と塚本監督はかつてラジオの対談の中で
若松「俺たちはさ、BOX東中野(ポレポレの前身)に来てくれるような
お客さんを相手に映画を作って行きたいよな」
塚本「映画はぶきっちょに、好きな人は少なくてもいいから
その人たちだけムチャクチャ好きでいてもらえるようなのをつくりたい」
と語っていたのですが、
その劇場にて、若松監督の初期作品をお客さんとともに観て
若松監督や映画について塚本監督に語って頂く時間を持てた事、
何よりも、終戦記念日の翌日に、「戦争」を描いた作品を通して
再び若松監督に邂逅できた事に、巡り合わせを感じたイベントでした。
作品は、次々と生まれ、そして生まれると、ずっと残っていきます。
「表現に時効はないんだよ」と語り、
「映画は俺の玩具なんだよ」と語った若松監督、
「玩具ったって、こっちは命がけで遊んでんだよ」とも。
本日は、新・文芸坐にて「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」と
「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」の二本立てが続いてます。
15時20分からは、大西信満さんと満島真之介さんがトークに駆けつけます。
2013年8月14日水曜日
金曜はポレポレ、土曜は新・文芸坐にて!
お盆です。
若松監督の新盆です。
「あまちゃん」で音楽を担当されている大友良英さんが
ウェブ媒体でのロングインタビューで
「いま、表現をする事」について語ってました。
http://blogos.com/article/67859/?axis=&p=4
(以下一部抜粋)
>それは現実をごまかすようなことじゃなくて、
>ちゃんと目を開きながら厳しい現実を生き抜いていけるような、
>強い批評的な力も持ちながら、でも決して
>「ご立派なこと」にはならないようななにかじゃなくちゃ…(以下略)
大友さんといえば、ジム・オルークさんとともに
何度も、「実録・連合赤軍」オールナイトイベントに
ライブ出演してくださったのですが、
今や、「あまちゃん」によって、お茶の間にも愛される音楽家です。
たくさんの空洞を抱えながら、表現は続いていくのだと
猛暑のコンクリートジャングルの中で、思うのです。
今週末、「追悼を越えて」ゆくイベント相次ぎます。
「若松孝二と時代の表現者たち vol.3」
8月16日(金)19時スタート 1500円均一
ポレポレ東中野にて(東京都中野区東中野4丁目4−1)
「恐るべき遺産 裸の影」上映と塚本晋也監督によるトーク

監督デビューからわずか1年後の1964年に作成した
若松監督の初期社会派作品。
「原爆の事をやりたかったんだけど、高校生たちがすっぽんぽんになったって
そんな関係ない事で騒がれたんだよ」と、監督からよく話には聞いていたけれど
長年観る機会のなかった作品が、このたび、デジタル化によって上映可能に。
原爆症に悩む少女の姿から、戦後の日本を描き出します。
理屈ではなく、直感で、テーマに突っ込んで行った若松監督。
方や、こだわりの映像表現でファンを魅了し続ける塚本晋也監督。
作品をつくらずにはいられない自分の事を
若松監督はよく「玩具が欲しくてだだをこねる子どもと同じ」と語り、
そして、「塚本君も、自分の玩具の中で楽しそうに遊んでいるね」と語っていましたが
そんな2人のコラボレーションを、若松監督の新盆に実現できる事が嬉しいのです。
どんなお話が飛び出すでしょう。
そして、翌17日には、池袋の新・文芸坐にて。
8月17日(土)新文芸坐にて
終戦の日によせて 反戦・社会派映画特集
一般1300円/学生1200円/シニア1000円/ラスト1本800円
http://www.shin-bungeiza.com/program.html#d0815
「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」
「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」二本立て上映。
15時20分〜 大西信満さん(「実録・連合赤軍」坂東國男役/「11.25」倉持清役)
満島真之介さん(「11.25自決の日」森田必勝役)
トークイベントを行います。
若松組のこのお2人が揃っての登壇は久しぶりです。
あの、暑かった2年前のロケを思い出します。
疾走する若松監督の熱と毒に耐えて耐えて耐え続けて生まれた森田必勝を。
大変濃い2本立てですが、敗戦の日によせて、という特集プログラムの中の1日です。
ぜひ、新・文芸坐にお越し下さい。
若松監督の新盆です。
「あまちゃん」で音楽を担当されている大友良英さんが
ウェブ媒体でのロングインタビューで
「いま、表現をする事」について語ってました。
http://blogos.com/article/67859/?axis=&p=4
(以下一部抜粋)
>それは現実をごまかすようなことじゃなくて、
>ちゃんと目を開きながら厳しい現実を生き抜いていけるような、
>強い批評的な力も持ちながら、でも決して
>「ご立派なこと」にはならないようななにかじゃなくちゃ…(以下略)
大友さんといえば、ジム・オルークさんとともに
何度も、「実録・連合赤軍」オールナイトイベントに
ライブ出演してくださったのですが、
今や、「あまちゃん」によって、お茶の間にも愛される音楽家です。
たくさんの空洞を抱えながら、表現は続いていくのだと
猛暑のコンクリートジャングルの中で、思うのです。
今週末、「追悼を越えて」ゆくイベント相次ぎます。
「若松孝二と時代の表現者たち vol.3」
8月16日(金)19時スタート 1500円均一
ポレポレ東中野にて(東京都中野区東中野4丁目4−1)
「恐るべき遺産 裸の影」上映と塚本晋也監督によるトーク

監督デビューからわずか1年後の1964年に作成した
若松監督の初期社会派作品。
「原爆の事をやりたかったんだけど、高校生たちがすっぽんぽんになったって
そんな関係ない事で騒がれたんだよ」と、監督からよく話には聞いていたけれど
長年観る機会のなかった作品が、このたび、デジタル化によって上映可能に。
原爆症に悩む少女の姿から、戦後の日本を描き出します。
理屈ではなく、直感で、テーマに突っ込んで行った若松監督。
方や、こだわりの映像表現でファンを魅了し続ける塚本晋也監督。
作品をつくらずにはいられない自分の事を
若松監督はよく「玩具が欲しくてだだをこねる子どもと同じ」と語り、
そして、「塚本君も、自分の玩具の中で楽しそうに遊んでいるね」と語っていましたが
そんな2人のコラボレーションを、若松監督の新盆に実現できる事が嬉しいのです。
どんなお話が飛び出すでしょう。
そして、翌17日には、池袋の新・文芸坐にて。
8月17日(土)新文芸坐にて
終戦の日によせて 反戦・社会派映画特集
一般1300円/学生1200円/シニア1000円/ラスト1本800円
http://www.shin-bungeiza.com/program.html#d0815
「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」
「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」二本立て上映。
15時20分〜 大西信満さん(「実録・連合赤軍」坂東國男役/「11.25」倉持清役)
満島真之介さん(「11.25自決の日」森田必勝役)
トークイベントを行います。
若松組のこのお2人が揃っての登壇は久しぶりです。
あの、暑かった2年前のロケを思い出します。
疾走する若松監督の熱と毒に耐えて耐えて耐え続けて生まれた森田必勝を。
大変濃い2本立てですが、敗戦の日によせて、という特集プログラムの中の1日です。
ぜひ、新・文芸坐にお越し下さい。
2013年8月7日水曜日
歴史と映画と情熱
8月6日、原爆の日。
日比谷図書文化会館の大ホールにて
第二回新藤兼人映画祭が行われた。
新藤兼人監督の「原爆の子」と遺作となった「一枚のハガキ」
そして若松孝二監督の「恐るべき遺産 裸の影」と「キャタピラー」上映。
「キャタピラー」上映後に、主演の大西信満さん、社会学者の宮台真司さん
共同通信社の編集委員の立花珠樹さん、若松プロスタッフとして大友麻子が
トークをさせていただいた。
この企画、2年前に新藤兼人監督の「原爆の子」を観て衝撃を受けたという
御手洗志帆さんが、新藤兼人監督100歳のお祝いの映画祭を準備していた昨年
新藤監督は遺作「一枚のハガキ」を遺して逝去。
お祝いの会は、急遽、追悼映画祭に切り替わったという。
喪失感の中にあった御手洗さんは、「11.25自決の日」の劇場での
「社会問題と闘い続けた新藤さんは、唯一尊敬する監督だった」という
若松監督の言葉と出会う。
その若松監督も昨秋に交通事故で逝去。
しかし、御手洗さんは、今年も第二回映画祭を原爆の日に敢行。
「俺が死んでも作品は残る」が口癖の若松監督。
「まさに、若松さんの思いが貫徹されましたね」と宮台さんがトークで語った。
「若松監督が『キャタピラー』で言いたかった事はただ一つ。
見たくないものは見たくない、それは誰もが同じ事。
しかし、それでよいのか、と。恥を知れ、という事でしょう。
この社会はクソだ、というのが、かつての若松作品でした。
しかし、奇跡的にガンから生還して以降の若松さんは
社会はなぜクソになったのか、という事を徹底してこだわっておられた」
共同通信社編集委員の立花珠樹さんは、まさに団塊の世代。
大学時代に、大学新聞に「新宿マッド」の書評を書いた事があったという。
また、若松作品の「シンガポールスリング」のロケーションにも同行。
若松作品の現場の作り方などを見て来た上で
「若松さんは、言葉より行動の人だったと思う。
僕らに、言葉で作品を語るよりも、俺がやる事を見ていろ、という人だった」
と語った。
「実録・連合赤軍」以降、若松作品をともに作り上げて来た大西信満さんは
「8月6日、平日昼間。興行的に考えればあり得ない状況でも
この日にこだわって、こうして作品を世の中に訴え続けて行こうという
まさに、若松監督が強く望んでいた事がカタチになった。
迷いなく参加を決めました」と述べ、
キャタピラーの撮影現場での監督の演出についてなど語った。
場内からは、「なぜ、芋虫でなくキャタピラーなのか」
「昨今の政治状況、首相や麻生氏らの発言をどう思うか」
「昨年の熊野大学で、若松監督は次回作の事を考えてるといっていた。
どんな構想があったのか」
「若松監督との関係の中で、特に残っている言葉は」といった質問も。
静かに、しかし作品や言葉に真摯に向き合おうとする
観客もゲストも主催者も一体になったようなイベントの空間は
間違いなく、若い御手洗志帆さんの情熱が作り上げたものだと実感した。
第三回、第四回と、毎年8月6日に、この映画祭は続いて行く事だろう。
そして、作品は永遠にスクリーンの上で新たな邂逅を続けて行く。
8月16日は、ポレポレ東中野にて「恐るべき遺産 裸の影」上映と
塚本晋也監督をお招きしてのトーク。
8月17日は、新文芸坐にて「実録・連合赤軍」「11.25自決の日」上映と
大西信満さん、満島真之介さんのトーク。
8月15日、敗戦の日を前に、終わらない戦後の諸々が全国各地で噴き出している。
「戦死者を悼むのは当然」
「憲法を騒乱の中でなく変えて行こう」
為政者たちの仰天発言が相次ぐ中、日本は暑い暑い68年目の敗戦日を迎える。
日比谷図書文化会館の大ホールにて
第二回新藤兼人映画祭が行われた。
新藤兼人監督の「原爆の子」と遺作となった「一枚のハガキ」
そして若松孝二監督の「恐るべき遺産 裸の影」と「キャタピラー」上映。
「キャタピラー」上映後に、主演の大西信満さん、社会学者の宮台真司さん
共同通信社の編集委員の立花珠樹さん、若松プロスタッフとして大友麻子が
トークをさせていただいた。
この企画、2年前に新藤兼人監督の「原爆の子」を観て衝撃を受けたという
御手洗志帆さんが、新藤兼人監督100歳のお祝いの映画祭を準備していた昨年
新藤監督は遺作「一枚のハガキ」を遺して逝去。
お祝いの会は、急遽、追悼映画祭に切り替わったという。
喪失感の中にあった御手洗さんは、「11.25自決の日」の劇場での
「社会問題と闘い続けた新藤さんは、唯一尊敬する監督だった」という
若松監督の言葉と出会う。
その若松監督も昨秋に交通事故で逝去。
しかし、御手洗さんは、今年も第二回映画祭を原爆の日に敢行。
「俺が死んでも作品は残る」が口癖の若松監督。
「まさに、若松さんの思いが貫徹されましたね」と宮台さんがトークで語った。
「若松監督が『キャタピラー』で言いたかった事はただ一つ。
見たくないものは見たくない、それは誰もが同じ事。
しかし、それでよいのか、と。恥を知れ、という事でしょう。
この社会はクソだ、というのが、かつての若松作品でした。
しかし、奇跡的にガンから生還して以降の若松さんは
社会はなぜクソになったのか、という事を徹底してこだわっておられた」
共同通信社編集委員の立花珠樹さんは、まさに団塊の世代。
大学時代に、大学新聞に「新宿マッド」の書評を書いた事があったという。
また、若松作品の「シンガポールスリング」のロケーションにも同行。
若松作品の現場の作り方などを見て来た上で
「若松さんは、言葉より行動の人だったと思う。
僕らに、言葉で作品を語るよりも、俺がやる事を見ていろ、という人だった」
と語った。
「実録・連合赤軍」以降、若松作品をともに作り上げて来た大西信満さんは
「8月6日、平日昼間。興行的に考えればあり得ない状況でも
この日にこだわって、こうして作品を世の中に訴え続けて行こうという
まさに、若松監督が強く望んでいた事がカタチになった。
迷いなく参加を決めました」と述べ、
キャタピラーの撮影現場での監督の演出についてなど語った。
場内からは、「なぜ、芋虫でなくキャタピラーなのか」
「昨今の政治状況、首相や麻生氏らの発言をどう思うか」
「昨年の熊野大学で、若松監督は次回作の事を考えてるといっていた。
どんな構想があったのか」
「若松監督との関係の中で、特に残っている言葉は」といった質問も。
静かに、しかし作品や言葉に真摯に向き合おうとする
観客もゲストも主催者も一体になったようなイベントの空間は
間違いなく、若い御手洗志帆さんの情熱が作り上げたものだと実感した。
第三回、第四回と、毎年8月6日に、この映画祭は続いて行く事だろう。
そして、作品は永遠にスクリーンの上で新たな邂逅を続けて行く。
8月16日は、ポレポレ東中野にて「恐るべき遺産 裸の影」上映と
塚本晋也監督をお招きしてのトーク。
8月17日は、新文芸坐にて「実録・連合赤軍」「11.25自決の日」上映と
大西信満さん、満島真之介さんのトーク。
8月15日、敗戦の日を前に、終わらない戦後の諸々が全国各地で噴き出している。
「戦死者を悼むのは当然」
「憲法を騒乱の中でなく変えて行こう」
為政者たちの仰天発言が相次ぐ中、日本は暑い暑い68年目の敗戦日を迎える。
2013年7月29日月曜日
時代の表現者たちvol.3は塚本晋也監督と!
若松孝二 追悼を越えて
7月24日、テアトル梅田にて「時代の表現者たち」vol.2を開催。
若松監督の1960年代の旧作「欲望の血がしたたる」を上映、
林海象監督と福岡芳穂監督のトークが行われました。
若松孝二異色のサスペンスが描き出すもう一つの1960年代。
緻密に計算された構成に、意外!面白い!といった声も。
続くトークでは、若松プロの内情を元若松プロの福岡監督が赤裸々に語り
「実録・連合赤軍」のロケでも川崎のスタジオ提供など
全面的に協力してくださった林海象監督も、若松孝二の強引っぷりを
笑いとともに語ってくださいました。
ああ、あるある!と思わず吹き出すエピソードに事欠かない若松監督。
思い出すと出てくるのは涙ではなく笑い。
とはいえ、やっぱり、1つの時代が終わったのだと
折に触れて思うのです。
今の政治、改憲への足音、自民党の不思議な勝ち方、
原発事故の惨憺たる状況と再稼働への不思議なうねり。
しかし一方で、鮮明になっていく抵抗の軸足。
まだかろうじて踏ん張る事ができる。
若松節が聞こえてきそうです。
「怒る時は怒るんだよ。いやなものはいやと言うんだよ」
そのノイズが次なる作品を生み出す原動力になります。
林監督の新作『弥勒MIROKU』も関西を皮切りに
公開が始まっています。
生オーケストラ演奏などの実験的な試みも展開中です。
福岡監督の新作『正しく生きる』は来年公開予定だそうです。
そして今年も敗戦記念日がやってきます。
敗戦記念日の翌日、8月16日に、
追悼を越えて 時代の表現者たちvol.03を行います!
若松孝二が描くもう一つの戦争の姿。
「裸の影/恐るべき遺産」は、原爆症の少女の戦後を描いたが
女子高生たちの入浴シーンが大スキャンダルとなり
作品のテーマと関係ないところで大バッシングを受けました。
フィルムセンターから奇跡的に発掘された、この1本を上映します。
戦争と映画。
上映後には、現在新作に取り組んでおられる塚本晋也監督をお招きして
若松孝二について、あるいは映画という表現について、時代について
たっぷり語って頂く予定です。
BOX東中野の時代から、特集上映を行うなど、
塚本監督とも若松監督とも縁の深いポレポレ東中野にて、
8月16日という日にこうしたイベントが行える事。
追悼を越えて、私たちは歩いているのだと実感しつつ
一人でも多くのお客さまに足を運んで頂けることを願っています。
7月24日、テアトル梅田にて「時代の表現者たち」vol.2を開催。
若松監督の1960年代の旧作「欲望の血がしたたる」を上映、
林海象監督と福岡芳穂監督のトークが行われました。
若松孝二異色のサスペンスが描き出すもう一つの1960年代。
緻密に計算された構成に、意外!面白い!といった声も。
続くトークでは、若松プロの内情を元若松プロの福岡監督が赤裸々に語り
「実録・連合赤軍」のロケでも川崎のスタジオ提供など
全面的に協力してくださった林海象監督も、若松孝二の強引っぷりを
笑いとともに語ってくださいました。
ああ、あるある!と思わず吹き出すエピソードに事欠かない若松監督。
思い出すと出てくるのは涙ではなく笑い。
とはいえ、やっぱり、1つの時代が終わったのだと
折に触れて思うのです。
今の政治、改憲への足音、自民党の不思議な勝ち方、
原発事故の惨憺たる状況と再稼働への不思議なうねり。
しかし一方で、鮮明になっていく抵抗の軸足。
まだかろうじて踏ん張る事ができる。
若松節が聞こえてきそうです。
「怒る時は怒るんだよ。いやなものはいやと言うんだよ」
そのノイズが次なる作品を生み出す原動力になります。
林監督の新作『弥勒MIROKU』も関西を皮切りに
公開が始まっています。
生オーケストラ演奏などの実験的な試みも展開中です。
福岡監督の新作『正しく生きる』は来年公開予定だそうです。
そして今年も敗戦記念日がやってきます。
敗戦記念日の翌日、8月16日に、
追悼を越えて 時代の表現者たちvol.03を行います!
若松孝二が描くもう一つの戦争の姿。
「裸の影/恐るべき遺産」は、原爆症の少女の戦後を描いたが
女子高生たちの入浴シーンが大スキャンダルとなり
作品のテーマと関係ないところで大バッシングを受けました。
フィルムセンターから奇跡的に発掘された、この1本を上映します。
戦争と映画。
上映後には、現在新作に取り組んでおられる塚本晋也監督をお招きして
若松孝二について、あるいは映画という表現について、時代について
たっぷり語って頂く予定です。
BOX東中野の時代から、特集上映を行うなど、
塚本監督とも若松監督とも縁の深いポレポレ東中野にて、
8月16日という日にこうしたイベントが行える事。
追悼を越えて、私たちは歩いているのだと実感しつつ
一人でも多くのお客さまに足を運んで頂けることを願っています。
2013年7月3日水曜日
若松孝二と時代の表現者たちvol.2梅田にて決定!林海象さんらと「欲望の血がしたたる」上映!
若松孝二と時代の表現者たちvol.2梅田にて決定!林海象さんらと「欲望の血がしたたる」上映!
夏が近づいて来た。
昨年は初夏にカンヌ、晩夏にベネチアだった。
思えば、一昨年に3本撮影し、昨年にいくつもの映画祭を周り
それはそれは慌ただしかった。
時代を駆け抜けた表現者の魂は
いくつものプリントの中に残っている。
「若松孝二と時代の表現者たち〜追悼を超えて」イベント続きます。
Vol.2はテアトル梅田にて!
日時:7月24日(水)20:50スタート
場所:テアトル梅田
若松孝二1965年の作品「欲望の血がしたたる」を上映します。
フィルムセンターから奇跡的に発掘された1本。
今回、デジタル化しての貴重なスクリーン上映です。
ヒッチコックばりの演出が炸裂する若松孝二異色のサスペンス。
若松孝二が切り裂く、もう一つの1960年代。
トークには、林海象監督と若松組出身の福岡芳穂監督が登場。
作品と若松孝二を、縦横無尽に語り尽くします。
昨年は初夏にカンヌ、晩夏にベネチアだった。
思えば、一昨年に3本撮影し、昨年にいくつもの映画祭を周り
それはそれは慌ただしかった。
時代を駆け抜けた表現者の魂は
いくつものプリントの中に残っている。
「若松孝二と時代の表現者たち〜追悼を超えて」イベント続きます。
Vol.2はテアトル梅田にて!
日時:7月24日(水)20:50スタート
場所:テアトル梅田
若松孝二1965年の作品「欲望の血がしたたる」を上映します。
フィルムセンターから奇跡的に発掘された1本。
今回、デジタル化しての貴重なスクリーン上映です。
ヒッチコックばりの演出が炸裂する若松孝二異色のサスペンス。
若松孝二が切り裂く、もう一つの1960年代。
トークには、林海象監督と若松組出身の福岡芳穂監督が登場。
作品と若松孝二を、縦横無尽に語り尽くします。
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