2006年11月15日水曜日

出演者、到来

「森」も「永田」も……、みんな来た
午後4時頃、出演者16名がJRの駅に到着。宿舎に荷物を置き、すぐに「新倉ベース」と「榛名ベース」のセットへ。そこが,彼らのステージだ。
そのあと、若松監督の地元の友人を迎え大宴会(??) 記者(B)は、かなりの酩酊状態につき、画像だけUPする。、明日からいよいよ「連合赤軍」となった彼らが、カメラの前に立つ。

事実を再現するのではなく、彼らが何を表すのか?そのことに興味がある。



2006年11月13日月曜日

ロケ・セット

11月13日
 午前7時、東京・代々木発。快晴。
今日は移動日。監督やスタッフなどが、何人かのグループでバラバラに出発した。高速道路から望む富士山が美しい。
若松監督は、何度も通い慣れた道をひたすら北へ走る。目的地は、宮城県・鬼首(おにこうべ)。その昔、坂上田村麻呂が蝦夷征伐したとき、首をはねられた鬼の首が飛んできた、と言い伝えられる秋田県の県境に近い山里だ。

 監督が運転する車が鳴子温泉に近づいたとき、空に虹が現れた。さい先が良い。その後、平成の大合併で大崎市になった旧鳴子町の役場で打ち合わせ。
 
鬼首の山荘には、すでに助監督の河野と美術の伊藤が10月17日から滞在し、撮影に備えている。彼らは地元の大工さんとともに、セットを建設していた。そのセットが、先日北海道の常呂で竜巻が起きた日、強風で屋根が吹き飛ばされたり、なぎ倒されたいう。一抹の不安とともにセットに到着。だが、伊藤らの働きにより、一軒は見事に修復済みだった。

セットは、連合赤軍が軍事訓練の基地とした「新倉ベース」、メンバーの粛正が始まった「榛名ベース」、そして彼らの逃亡が始まる「迦葉(かしょう)」ベースの三軒建てられた。見事な出来映えだった。……作り物でもあっても、そこで繰り広げられた彼らの行動が、思わず浮かんでくる。
明日、出演者16名が到着。


すでに冬が始まった鬼首で、これからこの映画の核心が始まる。









2006年11月12日日曜日

雨の大菩薩峠

11月11日
 
 「福ちゃん荘」周辺は、朝から冷たい秋雨に包まれる。
午前中は、エキストラ50人近くを動員し、現在の「福ちゃん荘」を使って、警察の機動隊による赤軍派一斉逮捕のシーンを撮影。こういった群衆シーンは、撮影のスピードが求められる。そのため、スタッフに監督の厳しい指示が飛び続け、彼らはビショ濡れで撮影現場を駆け回った。

 「早撮り」で知られる若松監督は、このシーンを2時間足らずで撮影。エキストラの皆さんは冷たい雨の中を下山していった。
御苦労様でした!!
午後は、近くの山小屋で、革命左派が最初に設けた山岳アジト「小袖ベース」を撮影。この「小袖ベース」から脱走者が出たことが、のちの同志の大量粛正につながってゆく。そいったさまざまな出来事が積み重なった果てに、あの「あさま山荘」での銃撃戦が起きたのだ。撮影現場には、40数年前の出来事が抽象化された形ではあるが再現され、歴史の重みが漂う。
 「山梨放送」と「週刊金曜日」の取材が入る。地元でも大菩薩峠と赤軍派の関連が忘れ去られつつあるいま、実際の「福ちゃん荘」を使った事件の再現は、話題を呼びそうだ。
撮影隊の本隊は、午後3時頃大菩薩を出発。いったん東京へ戻り12日(日曜日)を予備日として、13日にロケの中心となる宮城県と秋田県の県境の山へ向かう。
この奥多摩・大菩薩ロケは、出演者の心構え、スタッフの動きなどいろいろな意味でのテストも兼ねたものだった。







撮影開始

11月10日
いよいよ、クランク・イン!!
 
  午前6時45分、新宿の映画のロケ隊の集合地に古くから使われるSビル前に、スタッフ・出演者が集合。若松監督は「縁起物だ」と言って、スタッフに赤飯のおにぎりを渡した。
ファースト・カットは多摩川上流、奥多摩町の河原だった。
設定は、革命左派(京浜安保共闘)が1971年6月に作った丹沢ベース。この丹沢ベースから、その年の2月の
銃砲店襲撃の参加者とその恋人が逃亡し、革命左派は山梨と静岡の県境をさまよい、最終的に群馬県榛名山に榛名ベースを築くことになる。
 午後1時半頃、そのシーンを撮影し終わり、昼食後移動。彼らが実際に最初の山岳ベースを設置した奥多摩湖湖畔の小袖近くを通過。多摩川の最源流部をこえ山梨県の大菩薩峠「福ちゃん荘」へ。この「福ちゃん荘」は、'69年の11月5日、実際に軍事訓練中の赤軍派が一斉に逮捕された場所だ。この大菩薩峠での一斉逮捕により、多くの幹部や活動家を失った赤軍派は、その後の日航機「よど号」ハイジャックを起こし、そして、連合赤軍のリーダー森の台頭につながってゆく。
 「福ちゃん荘」は改築が進み、現在当時の面影を残しているのは玄関だけだというが、連合赤軍のルーツともいえる場所に立ち、40年近くの歳月を経たいま、感慨にふける。
今日は天気にも恵まれ、撮影はまずまずの出だしだった。

今後この日記を(B)が担当し、撮影の進行状態を基本的に毎日書き込んでゆきます。
ただ、「福ちゃん荘」は、自家発電で消灯が8時半。電話回線が引かれておらず携帯も通じないので、書き込み
は明晩に東京へ戻ってからになると思います。(B)





2006年11月7日火曜日

週刊金曜日

本日、週刊金曜日の取材を受けました。
同誌が、監督の思いと、この作品について
どのように取り上げてくれるのか、楽しみです。
共謀罪新設、教育基本法改悪に危機感を持つ
「週刊金曜日」ならではのイベントが
11月19日11時から、日比谷公会堂にて開かれるそうです。
「ちょっと待った!」と題したこのイベントには、
佐高信さんをメインキャスターに、
永六輔さん、城山三郎さん、内橋克人さん、梁石日さん、岸恵子さんほか
さまざまな人が結集します。
安倍政権の暴走を止めようという市民集会です。
関心のある方はぜひ。
今の流れに「ちょっと待った!」の声を上げる。
それは、今、「連合赤軍」を撮る監督の思いと通じるように思います。
一方的に体制が流す情報だけではない、
その時代の背景に、目をこらすこと。
その胸の内に思いをはせること。
私たちひとりひとりにとって最大の武器は、
「思考すること」かもしれません。

本日は、カメラテストのラッシュを見ました。
いよいよ、明後日、クランクインです。(A)

2006年11月6日月曜日

ポレポレ東中野

現在、ポレポレ東中野のレイトで上映中の
「日本心中 8・15ー9・11」。
昨晩、監督がゲストとして招かれ、
大浦監督と語りました。
8・15から9・11、そして現在まで
私たちの周囲に立ち現れている風景に
何を見、何を匂い、何を感じるのか。
針生一郎さん、重信メイさん、金芝河さん、鶴見俊輔さんらの言葉に圧倒され
風景に圧倒され、今、見えているものがゆらいでいく、
そんなドキュメンタリー映画です。
時代や風景の背後にあるものに目をこらすその姿勢は、
「実録・連合赤軍」と通じるものかもしれません。
トークで、監督は、連合赤軍への思いを語りました。
昨年、制作委員会を立ち上げてから、この、
監督の言葉を何度聞いたことでしょう。
遠い先に思い描いていたものが、
実にリアルに、目の前に近づいてきたものだなあ!と
今週末のクランクインを前に、感じました。
先月末、和光さんの裁判で証人として監督が言った言葉。
「自分のやったことにはきちんと落とし前をつけて欲しい」
私利私欲ではなく、時代を憂い、パレスチナの状況に胸を痛め
現場に飛び込んでいった和光青年のまっすぐな思いをふまえての言葉です。
その言葉は、監督自身にも向けられていると感じました。
彼らと関わり続け、表現を続けてきた監督の
1つの落とし前としての「実録・連合赤軍」なのです。(A)

2006年11月2日木曜日

役者さん顔合わせ

本日、メインの役者さん全員が集まって
顔合わせをしました。
みんな、それぞれに工夫して、
当時の服装で現れました。
無精ヒゲ、まっすぐな目。
いつのまにか、ひとりひとりが赤軍兵士たちに見えてきました。
いよいよ、クランクインは来週です。
役者もスタッフも、山に行く支度を始めています!