昨日、大菩薩峠にロケハンに行ってきました。
連合赤軍が結成される前、軍事訓練を行っていた赤軍派53名が
一斉に逮捕された場所です。
当時の生々しい記憶は、その現場となった山荘で
語り継がれ、受け継がれていました。
さて、若松監督の作品の上映とトークイベントのお知らせです。
ボラステ・シネサロンvol.15
異才若松孝二
「そのボランタリズムの軌跡」上映とお話
9月29日(金)武蔵野公会堂(JR・井の頭線「吉祥寺駅」南口下車徒歩3分)
14:00開場 14:30上映開始 終了21:30
国辱映画と騒がれた「壁の中の秘事(’65)」で国内外に強烈なオーラを放ちデビューした若松孝二監督。60年代後半から70年代にかけて学生や若い世代を中心に圧倒的な支持を得る。これまで撮り続けてきた作品は100本以上。「監督に時効はない」と語る若松孝二が作品に託すものとは何か。今回のイベントは「実録 連合赤軍」クランクイン直前の特別企画。乞うご期待!
上映スケジュール 開場14:00
14:30 「天使の恍惚」
16:20 「われに撃つ用意あり」
18:30 若松孝二監督のトーク
20:00 「17歳の風景 少年は何を見たのか」
21:30 終了
入場料:(1日共通/入替えなし)一般1500円 18歳以下1000円(当日各200円増)
*上映作品は変更する場合があります。ご了承ください。
主催・問合せ:ボランティアステーション
Tel&Fax 0422-28-7728(電話受付13:00〜18:00)
Mail vs@vstation.gr.jp
URL http://www.vstation.gr.jp/
2006年9月4日月曜日
2006年9月1日金曜日
今なぜ「連合赤軍」を撮るのですか
先月27日の北海道新聞、総合欄の「時代の肖像」に
若松監督のインタビューが掲載されています。
タイトルが「今なぜ「連合赤軍」を撮るのですか」
インタビューの中で、監督は言っています。
「あさま山荘の銃撃戦には、見ている側にもどこか拍手喝采があった。
なにしろ、国家に銃を向けたんだから。
でも、粛正がね。偉そうなこと言っても、事実は仲間殺しじゃないかと。
あれで変革への夢は汚れ、学生運動が一気に衰退していった」
「連合赤軍が正しいとは言えないですよ。
でも、なぜあの若者たちは闘ったんだろう。
ただの凶悪犯じゃあないんだ。
60年安保からの歴史も背景もきちんと描いた上で、
僕なりの表現で事実を撮りたい。
革命を夢見ながら、粛正で死んでいった人の哀しさもね」
あとがきで、記者の方は書いています。
「(監督の初期代表作に描かれた)テロ、内ゲバ、性。
激しく観念的な諸作は時代を先取りした。
今では、それも懐かしい風景に見える。
そういう時代に連合赤軍をどう突きつけるのか、見たい」
若松監督のインタビューが掲載されています。
タイトルが「今なぜ「連合赤軍」を撮るのですか」
インタビューの中で、監督は言っています。
「あさま山荘の銃撃戦には、見ている側にもどこか拍手喝采があった。
なにしろ、国家に銃を向けたんだから。
でも、粛正がね。偉そうなこと言っても、事実は仲間殺しじゃないかと。
あれで変革への夢は汚れ、学生運動が一気に衰退していった」
「連合赤軍が正しいとは言えないですよ。
でも、なぜあの若者たちは闘ったんだろう。
ただの凶悪犯じゃあないんだ。
60年安保からの歴史も背景もきちんと描いた上で、
僕なりの表現で事実を撮りたい。
革命を夢見ながら、粛正で死んでいった人の哀しさもね」
あとがきで、記者の方は書いています。
「(監督の初期代表作に描かれた)テロ、内ゲバ、性。
激しく観念的な諸作は時代を先取りした。
今では、それも懐かしい風景に見える。
そういう時代に連合赤軍をどう突きつけるのか、見たい」
2006年8月25日金曜日
ボランティアのエキストラ募集します!
いよいよ、クランクインへのカウントダウンです。
この秋(11月頃)、関東の山での撮影に出演してくれる
エキストラのボランティアさんを募集します。
11月のどこかの週末の1日を使います。
新宿集合、新宿解散の予定です。
学生役:20〜30代の男女
刑事役:20代以上50歳以下の男性
それぞれ数十名を募集しています。
私たちと一緒に、若松監督の「実録・連合赤軍」の制作に関わってみませんか。
関心のある方は、このサイトの
メールフォームで、ご連絡先をお知らせください。
詳細が決まりましたら、ご連絡させて頂きます。
よろしくお願い致します。
この秋(11月頃)、関東の山での撮影に出演してくれる
エキストラのボランティアさんを募集します。
11月のどこかの週末の1日を使います。
新宿集合、新宿解散の予定です。
学生役:20〜30代の男女
刑事役:20代以上50歳以下の男性
それぞれ数十名を募集しています。
私たちと一緒に、若松監督の「実録・連合赤軍」の制作に関わってみませんか。
関心のある方は、このサイトの
メールフォームで、ご連絡先をお知らせください。
詳細が決まりましたら、ご連絡させて頂きます。
よろしくお願い致します。
2006年7月20日木曜日
原作が完成!ロケハンも
長らく更新が途絶えてしまい、失礼致しました。
この間、明治学院大学の「若松孝二研究」イベントなどで、
各国から集まった研究者たちによる、
監督の作品の考察が展開されました。
こちらの内容も、かなり興味深いものですので、
近い内にレポートをアップします。
さて、とうとう、「実録・連合赤軍」の原作が完成しました。
1960年の安保闘争から、1972年のあさま山荘に至るまでの
まさに、「実録」です。
1960年6月15日。国会議事堂周辺を埋め尽くす10万人の群衆。
あの激動の時代、日本で、世界で何が起きていたのか。
連合赤軍はなぜ生まれ、なぜあの事件に至ったのか。
赤軍の若者たちは、何を思い、何を求め、どう動いたのか。
あさま山荘で、どのような会話が交わされていたのか。
その事実を刻銘に記録した、渾身の原作です。
そして、先週末、できたての原作を手に、
ロケハンへ行ってきました。
冬のロケハンに続く、2度目のロケハンです。
赤軍の若者たちの山での日々を思い描きながら
山の中、沢などを歩き回りました。
監督が頭に描くイメージと
カメラマンや美術の人など、その場にいた人たちのイメージが
少しずつ重なり合っていきます。
いよいよ、秋のクランクインに向けて
本格的に動き始めました!
このサイトも、近く、リニューアルします。
皆さん、チェックしてくださいね。(A)
この間、明治学院大学の「若松孝二研究」イベントなどで、
各国から集まった研究者たちによる、
監督の作品の考察が展開されました。
こちらの内容も、かなり興味深いものですので、
近い内にレポートをアップします。
さて、とうとう、「実録・連合赤軍」の原作が完成しました。
1960年の安保闘争から、1972年のあさま山荘に至るまでの
まさに、「実録」です。
1960年6月15日。国会議事堂周辺を埋め尽くす10万人の群衆。
あの激動の時代、日本で、世界で何が起きていたのか。
連合赤軍はなぜ生まれ、なぜあの事件に至ったのか。
赤軍の若者たちは、何を思い、何を求め、どう動いたのか。
あさま山荘で、どのような会話が交わされていたのか。
その事実を刻銘に記録した、渾身の原作です。
そして、先週末、できたての原作を手に、
ロケハンへ行ってきました。
冬のロケハンに続く、2度目のロケハンです。
赤軍の若者たちの山での日々を思い描きながら
山の中、沢などを歩き回りました。
監督が頭に描くイメージと
カメラマンや美術の人など、その場にいた人たちのイメージが
少しずつ重なり合っていきます。
いよいよ、秋のクランクインに向けて
本格的に動き始めました!
このサイトも、近く、リニューアルします。
皆さん、チェックしてくださいね。(A)
2006年5月26日金曜日
闘争心
5月23日、ソウルの映画祭から、監督が帰国しました。
「天使の恍惚」から「赤軍ーPFLP世界戦争宣言」「17歳の風景」まで
12本の作品がソウルで上映されました。
「作品には、個的な闘いが出てくるけれど
世の中の革命は、大勢でやらなければできないんじゃないですか」
こんな質問が、会場から出たそうです。
「あ、来たな、と思ったんだ」と監督。
「個的な闘いのできないヤツが100人集まったって革命はムリ。
個的な闘いのできるヤツが10人集まれば、1000人にも勝てるんじゃないですか」
そう、監督は答えたそうです。
「どんな事に対してもそうだと思うよ。
徒党を組まなければ動けない人よりも、
一人でも動くヤツが10人いれば闘える」
監督は、国会でギリギリの攻防の続く「共謀罪」についても
闘う姿勢を変えません。
「作れるものなら作ってみろ、このやろうって。
向こうが強行採決してきたら、それを利用してやればいいんだよ。
それにひっかからないように、こっちも頭を使いながら闘えばいいんだよ。
成立したからって、それで闘いが終わりじゃない、それからなんだから。
そんなもの作った政治家なんて、落としてやればいい。
表現への弾圧が、来るかも知れないけれど、
俺は、弾圧されようがどうしようが、表現は続ける。
表現という手段で闘ってきたんだから。
言いたいことを言っても、俺がおまんま食えてきてるんだから、大丈夫だよ。
言ってダメになるヤツは、言っても言わなくてもダメになるんだから
言いたいことを言えばいいんだよ」
ソウルの映画祭で、監督は、自分の勝負の仕方について、
こう話しました。
「俺はね、お客をだまして、映画を見せる。
そして、お客がそこで何かを感じれば、俺の勝ちじゃないですか」
作品を通して、監督と観客が対峙する瞬間です。
「侵略のためのテロと、解放・自衛のためのテロがある。
解放のためのテロ、正しいテロは、ある。
みんな、そういうことを言わなくなってきたけれど。
そして、ぼくの映画はそっちに向いているんじゃないですか」
かつて、パレスチナの難民キャンプ、シャテーラキャンプの大虐殺の直後に
監督は現地に入っています。
虐殺の現実を、目の当たりにしたのです。
「母親がレイプされたり、父親が虐殺されたりしたら、
その子はそれからの人生を、復讐に賭けるんじゃないですか。
殴られた方は、その痛みを忘れられないでしょう。
だから、あなたたちの両親、祖父母は、忘れないでしょう。
その痛みは、パレスチナにつながっているのかもしれない」
ソウルの映画祭で、監督はそう話しました。
この映画祭のスタッフたちが、みんなでお金を出し合って
「実録・連合赤軍」の制作費を集めてくれました。
この義理を返すのは、いい作品を作ること。
クランク・インに向けて、監督の熱は高まっています。(A)
「天使の恍惚」から「赤軍ーPFLP世界戦争宣言」「17歳の風景」まで
12本の作品がソウルで上映されました。
「作品には、個的な闘いが出てくるけれど
世の中の革命は、大勢でやらなければできないんじゃないですか」
こんな質問が、会場から出たそうです。
「あ、来たな、と思ったんだ」と監督。
「個的な闘いのできないヤツが100人集まったって革命はムリ。
個的な闘いのできるヤツが10人集まれば、1000人にも勝てるんじゃないですか」
そう、監督は答えたそうです。
「どんな事に対してもそうだと思うよ。
徒党を組まなければ動けない人よりも、
一人でも動くヤツが10人いれば闘える」
監督は、国会でギリギリの攻防の続く「共謀罪」についても
闘う姿勢を変えません。
「作れるものなら作ってみろ、このやろうって。
向こうが強行採決してきたら、それを利用してやればいいんだよ。
それにひっかからないように、こっちも頭を使いながら闘えばいいんだよ。
成立したからって、それで闘いが終わりじゃない、それからなんだから。
そんなもの作った政治家なんて、落としてやればいい。
表現への弾圧が、来るかも知れないけれど、
俺は、弾圧されようがどうしようが、表現は続ける。
表現という手段で闘ってきたんだから。
言いたいことを言っても、俺がおまんま食えてきてるんだから、大丈夫だよ。
言ってダメになるヤツは、言っても言わなくてもダメになるんだから
言いたいことを言えばいいんだよ」
ソウルの映画祭で、監督は、自分の勝負の仕方について、
こう話しました。
「俺はね、お客をだまして、映画を見せる。
そして、お客がそこで何かを感じれば、俺の勝ちじゃないですか」
作品を通して、監督と観客が対峙する瞬間です。
「侵略のためのテロと、解放・自衛のためのテロがある。
解放のためのテロ、正しいテロは、ある。
みんな、そういうことを言わなくなってきたけれど。
そして、ぼくの映画はそっちに向いているんじゃないですか」
かつて、パレスチナの難民キャンプ、シャテーラキャンプの大虐殺の直後に
監督は現地に入っています。
虐殺の現実を、目の当たりにしたのです。
「母親がレイプされたり、父親が虐殺されたりしたら、
その子はそれからの人生を、復讐に賭けるんじゃないですか。
殴られた方は、その痛みを忘れられないでしょう。
だから、あなたたちの両親、祖父母は、忘れないでしょう。
その痛みは、パレスチナにつながっているのかもしれない」
ソウルの映画祭で、監督はそう話しました。
この映画祭のスタッフたちが、みんなでお金を出し合って
「実録・連合赤軍」の制作費を集めてくれました。
この義理を返すのは、いい作品を作ること。
クランク・インに向けて、監督の熱は高まっています。(A)
2006年4月27日木曜日
本物な人
フランクフルトの「日本コネクション」という映画祭に
招待されていた監督が、日本に帰ってきました。
昨夜、新宿にて、映画の構成の打ち合わせをしました。
フランクフルトでは、ルフトハンザ航空の客室乗務員が
休暇をとり、ボランティアとして監督に同行してくれました。
「助監督経験者かな、と思うくらい、とても気配りの細やかな人だったよ。
客室乗務員だと聞いて、なるほど、だからか、と思った」
さて、向こうの映画祭で、監督はこんな話しをしたそうです。
「ものを作る人は、時の政治を批判する目を持たなくちゃいけない。
批判しながらでも、ちゃんと仕事ができるのが本物じゃないかな。
批判したら、CMの仕事が来なくなるとか、TVに出られなくなるから、と
言うべきことも言わないのは、ものを作る人間として情けないと思う」
表現者として、批判の目を忘れない。
監督の、ものを作る人へのメッセージであり、自分への問いかけでもあります。
来月の監督は、ソウルの映画祭へ。(A)
招待されていた監督が、日本に帰ってきました。
昨夜、新宿にて、映画の構成の打ち合わせをしました。
フランクフルトでは、ルフトハンザ航空の客室乗務員が
休暇をとり、ボランティアとして監督に同行してくれました。
「助監督経験者かな、と思うくらい、とても気配りの細やかな人だったよ。
客室乗務員だと聞いて、なるほど、だからか、と思った」
さて、向こうの映画祭で、監督はこんな話しをしたそうです。
「ものを作る人は、時の政治を批判する目を持たなくちゃいけない。
批判しながらでも、ちゃんと仕事ができるのが本物じゃないかな。
批判したら、CMの仕事が来なくなるとか、TVに出られなくなるから、と
言うべきことも言わないのは、ものを作る人間として情けないと思う」
表現者として、批判の目を忘れない。
監督の、ものを作る人へのメッセージであり、自分への問いかけでもあります。
来月の監督は、ソウルの映画祭へ。(A)
2006年4月26日水曜日
サンドニ映画祭にて
ここしばらく、更新が途絶えており、申し訳ありませんでした。
監督は、日本を出たり入ったり、忙しくしています。
現在は、フランクフルトの映画祭に招待されて、ドイツにいます。
先月のフランス「サンドニ映画祭」の写真をアップロードします。
監督は、3月3日、フランスより帰国しています。
「もうちょっと長く滞在していたらな、CPAに反対する
全国300万人のデモに居合わせることができたんだけどな。
フランスはすごいね。
労働者と学生が一緒に立ち上がって、
流れを変えてしまうんだから。
今の日本で、あんなことが起きるかな」
と監督。
監督とツーショットでうつっているのは、

映画祭で監督と対談したフランスの映画監督、カトリーヌ・ブレイヤーさん。
1948年生まれのカトリーヌさんは、17歳で小説家としてデビュー、脚本家を経て、監督に。
「性と女性の欲望」をテーマに、リアルな性を描き続けています。
「実録・連合赤軍」の制作準備は、お陰様で、着々と進みつつあります。
チラシを配布してくださっている映画館やビデオショップなども全国に広がっています。
監督は、日本を出たり入ったり、忙しくしています。
現在は、フランクフルトの映画祭に招待されて、ドイツにいます。
先月のフランス「サンドニ映画祭」の写真をアップロードします。
監督は、3月3日、フランスより帰国しています。
「もうちょっと長く滞在していたらな、CPAに反対する
全国300万人のデモに居合わせることができたんだけどな。
フランスはすごいね。
労働者と学生が一緒に立ち上がって、
流れを変えてしまうんだから。
今の日本で、あんなことが起きるかな」
と監督。
監督とツーショットでうつっているのは、

映画祭で監督と対談したフランスの映画監督、カトリーヌ・ブレイヤーさん。
1948年生まれのカトリーヌさんは、17歳で小説家としてデビュー、脚本家を経て、監督に。
「性と女性の欲望」をテーマに、リアルな性を描き続けています。
「実録・連合赤軍」の制作準備は、お陰様で、着々と進みつつあります。
チラシを配布してくださっている映画館やビデオショップなども全国に広がっています。
登録:
投稿 (Atom)

