2010年8月24日火曜日
8/15大阪テアトル梅田舞台挨拶
8/15、大阪では第七藝術劇場、そしてテアトル梅田の2館で舞台挨拶がありました。
舞台挨拶は、満席で立ち見の方もたくさんいらっしゃいました。まずは若松監督がこの映画に込めた想いを話され、みなさんそれに聞き入っておられました。次に、大西信満さんにマイクが渡り、今回の役柄を演じるにあたって戦争について調べられ、あらためて戦争の惨禍について感じたことをお話になられました。
舞台挨拶後のQ&Aでは、「映画のラスト(久蔵の死)について」「撮影時の苦労」などについて質問が挙がりました。とても熱気あふれる舞台挨拶になりました。そして、若松監督、大西さんのサイン入りパンフレットは飛ぶように売れてゆきました!ありがとうございました。
今回のブログに御協力頂きました、テアトル梅田の皆さまありがとうございました。
そしてブログのアップが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
2010年8月21日土曜日
8/21東北フォーラム山形舞台挨拶
21日は山形、仙台に若松監督と寺島しのぶさんが舞台挨拶に行きました。山形では4時間の滞在で舞台挨拶・サイン会をそれぞれ2回ずつ行いました。
舞台挨拶はどちらも満席で、サイン会は先着順だったので、参加できなかったお客様でロビーがあふれてしまいました。サイン会に参加できなかった皆さま、申し訳ありませんでした。
そして監督と寺島さんは、大急ぎで、次の会場である仙台に向かわれました。
今回のブログはフォーラム山形の方に御協力頂きました、ありがとうございました。
舞台挨拶はどちらも満席で、サイン会は先着順だったので、参加できなかったお客様でロビーがあふれてしまいました。サイン会に参加できなかった皆さま、申し訳ありませんでした。
そして監督と寺島さんは、大急ぎで、次の会場である仙台に向かわれました。
今回のブログはフォーラム山形の方に御協力頂きました、ありがとうございました。
2010年8月18日水曜日
8/15京都シネマ舞台挨拶
8/15、大阪での舞台挨拶のあと、若松監督と大西さんは京都に移動しました。
京都シネマでも、劇場の開場時間前から、お客様の列ができ、舞台挨拶は通路まであふれる程の人が集まりました!
「立って見るのは大変ですよね。今日はわざわざありがとうございます。戦争はただの人殺しであって、お国のためとかそういうものはない。知らない相手を平気で殺すし、自分も死ぬんだということが、画面の向こう側に見えればと思ってます。この1時間半は、損はさせません」と監督が挨拶すると、大きな拍手が起こりました。
大西さんは、「今日はこんなに沢山の方にお集まり頂き、ありがとうございます。僕と寺島さんが演じた夫婦というのは、その時代日本のどこかにきっといたんだろうという気持ちで演じました。自分も含め、戦後生まれの人にとっては特殊な状況に映るかもしれませんが、本当にそういう時代があってそういう人たちがいたということを考えながら見ていただければと思います」と、これから映画を御覧になる方に話しかけていました。
大西さんへは『実録・連合赤軍 ~あさま山荘への道程~』に続き2回目の若松組への参加について、監督へは大西さんをキャスティングした理由などが質問されました。
また各々に「寺島さんについて教えて下さい」という質問がありました。監督は、「この本が出来上がった時に誰にしようか考えたんですが、どうしても寺島さんに戻ってきたんですよ。見てもらったら分かると思いますが、昭和の女なんです。それと“もんぺ”がすごく似合う人ですから。大西は寝てるだけだけどね(笑)、いや嘘だけど!」というと会場は笑いに包まれていました。大西さんは「寺島さんに関しては、結果ベルリン受賞という素晴らしい賞を受賞されましたが、それ以前からとても凄い方で、以前ご一緒した時もそう思いましたが、今回改めて想いました。またご一緒できて光栄に思っています」と話されました。
京都シネマ舞台挨拶も大盛況に終わり、監督と大西さんは名古屋、浜松に向かわれました。
今回のブログに御協力頂きました、京都シネマの皆さま、ありがとうございました!
2010年8月17日火曜日
8/15静岡シネマイーラ舞台挨拶
8月15日(日)全5劇場舞台挨拶の最後はシネマイーラでの舞台挨拶でした。
劇場に着くや否や、新聞社の取材、パンフレットへのサインと、大忙しでした。
舞台挨拶は満席で、立ち見が出るほどでした。夜遅くの回にも関わらず、多くの方が劇場にいらして頂き、本当にありがとうございました。
今回のブログはシネマイーラの皆さまに御協力頂きました、ありがとうございました。
8/15大阪第七藝術劇場舞台挨拶
8月15日(日)終戦記念日に若松孝二監督と大西信満さんが大阪、京都、名古屋、静岡の全5劇場をまわりました。まず大阪の第七藝術劇場で舞台挨拶がありました。
館内には至る所に「キャタピラー」のパブリシティの掲示をしてキャタピラー一色になっています。そして10:00の回の上映前の舞台挨拶の為に、8時30分には既に劇場外でにはお客様の列ができていました!そして満席の立ち見の状態での舞台挨拶が始まりました。
若松孝二監督は、いつ何時もぶれることなく発言されているように戦争はあらゆる人びとに悲劇しか引き起こさないという事を熱く語っておられました。そして特に若い人に見て欲しいということで高校生は無料という提案を興行側に提案されたというお話もされていました(その結果、中高校生はワンコインの500円になっています!)
大西信満さんは監督や、寺島さんとの現場での思い出などを話され、舞台挨拶はとても盛り上がりました。
そして監督、大西さんは次の舞台挨拶に向かいました!
今回のブログは第七藝術劇場の皆さまに御協力頂きました、ありがとうございました。
2010年8月16日月曜日
8月15日 名古屋シネマスコーレ 舞台挨拶
8月15日 名古屋シネマスコーレ 舞台挨拶
8月15日(日)シネマスコーレに若松監督と大西信満さん来場されました。
当日のシネマスコーレは「キャタピラー」一色

監督の到着を待ちながら、密着取材しているNHKスタッフと談笑する当館支配人、どうにも落ち着かない様子。
監督の舞台挨拶は13:20の回と15:00の回の2回を予定していたのですが、お昼過ぎには整理券はすべて完売してしまいました。また、舞台挨拶だけでなく1回目から6回目の上映まですべてのチケットが完売となりました。
新幹線を降りてから、舞台挨拶まで約5分しかなく駅から舞台へ休む暇もなく登壇された監督と大西さん。
満席立ち見の上に、取材のカメラも入ったため、スタッフがカメラを撮れないほど身動きのとれない状態での舞台挨拶でした。
連合赤軍の撮影の時に親の世代の映画をどうしても撮らないといけないと思い「キャタピラー」を作ったと若松監督。
思いついた連合赤軍の撮影時には、大西さんを主演だと決めていて、大西さんに「口で字が書けるように練習しておけ」と語ったそうです。
一方大西さんは、飲み会の席で監督に言われ、その時はまったく意味がわからなかったそうです。
支配人から次回作を聞かれた若松監督、「今ここでどんなものを撮るかは言えないけど教科書に載っていない歴史を撮る」と明言されました。


大西さんのシネマスコーレでの舞台挨拶は実は3回目。寺島さんと共演されている「赤目四十八瀧心中未遂」、若松監督の「実録・連合赤軍」でも来場されているのでした。

舞台挨拶の終了後は時間がないながらもパンフレットにサインをしていただきました。
監督の連赤Tシャツが輝いてました。
今回の名古屋滞在は一時間足らずで、次の舞台挨拶の地、静岡県へと旅立だった監督と大西さんでした。
シネマスコーレでは14日の公開から2週間は1日7回上映で、ミニシアターとしては異例の「キャタピラー」だけを上映して皆様のお越しをお待ちしております。
もちろんその後も若松孝二が建てた映画館の名に恥じないよう、超ロングランで「キャタピラー」を上映してまいります。
名古屋駅新幹線口を出てまっすぐ100mにあるシネマスコーレをよろしくお願いします!
当日のシネマスコーレは「キャタピラー」一色
監督の到着を待ちながら、密着取材しているNHKスタッフと談笑する当館支配人、どうにも落ち着かない様子。
監督の舞台挨拶は13:20の回と15:00の回の2回を予定していたのですが、お昼過ぎには整理券はすべて完売してしまいました。また、舞台挨拶だけでなく1回目から6回目の上映まですべてのチケットが完売となりました。
新幹線を降りてから、舞台挨拶まで約5分しかなく駅から舞台へ休む暇もなく登壇された監督と大西さん。
満席立ち見の上に、取材のカメラも入ったため、スタッフがカメラを撮れないほど身動きのとれない状態での舞台挨拶でした。
連合赤軍の撮影の時に親の世代の映画をどうしても撮らないといけないと思い「キャタピラー」を作ったと若松監督。
思いついた連合赤軍の撮影時には、大西さんを主演だと決めていて、大西さんに「口で字が書けるように練習しておけ」と語ったそうです。
一方大西さんは、飲み会の席で監督に言われ、その時はまったく意味がわからなかったそうです。
支配人から次回作を聞かれた若松監督、「今ここでどんなものを撮るかは言えないけど教科書に載っていない歴史を撮る」と明言されました。
大西さんのシネマスコーレでの舞台挨拶は実は3回目。寺島さんと共演されている「赤目四十八瀧心中未遂」、若松監督の「実録・連合赤軍」でも来場されているのでした。
舞台挨拶の終了後は時間がないながらもパンフレットにサインをしていただきました。
監督の連赤Tシャツが輝いてました。
今回の名古屋滞在は一時間足らずで、次の舞台挨拶の地、静岡県へと旅立だった監督と大西さんでした。
シネマスコーレでは14日の公開から2週間は1日7回上映で、ミニシアターとしては異例の「キャタピラー」だけを上映して皆様のお越しをお待ちしております。
もちろんその後も若松孝二が建てた映画館の名に恥じないよう、超ロングランで「キャタピラー」を上映してまいります。
名古屋駅新幹線口を出てまっすぐ100mにあるシネマスコーレをよろしくお願いします!
2010年8月15日日曜日
キャタピラー初日舞台挨拶!満員御礼!!!
8/14(土)、遂にキャタピラーが全国封切日を迎えました。初日はテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町、横浜ジャック&ベティの3劇場で、計6回の舞台挨拶を行いました。
テアトル新宿では2回の舞台挨拶ともに、当日券を求める方の列は後を絶たず、立ち見がでる盛況ぶりでした。そして上映が終わり、若松監督、寺島しのぶさん、大西信満さん、芸術家のクマさんこと篠原勝之さん、弟・忠役の粕谷佳五さん(連赤では進藤役でした)、妹千代役の増田恵美さんが登壇すると、われんばかりの拍手が沸き起こりました。
「映画を武器に教科書に載っていないものを伝えていきたい。来年あたり、またみなさんにお会いできると思う」という監督の言葉に、会場に再び大きな拍手がおこりました。
寺島さんは「これだけ思い入れのある映画に出られたことは一生の宝です。朝から大勢の方が観に来てくださって、感謝の気持ちでいっぱいです。」と、目にうっすらと涙を浮かべながら挨拶をされました。
そして2回の舞台挨拶を終えると、急遽記者会見が行われました。監督は新作についての質問に「まだ詳しくは言えないけれど、60年代を総括したものを考えてはいます。通行人というわけにはいかないけど、寺島さんにも出てもらいたい」と言うと、「次回作は通行人でも何でもやります。死ぬまでついていこうと思います!」と寺島さんが答えていらっしゃいました。
そして一行がヒューマントラストシネマ有楽町に到着するや否や、控え室ではパンフレットのサインが始まりました。
初日に並んできて下さった方の為に、サイン入りのパンフレットを用意しておこうという事で、新宿、有楽町の控室では黙々をサイン作業が行われていたのでした。これまでの全国の舞台挨拶で鍛えられ、サインが早い監督、寺島さん、大西さんのスピードについていくのに必死なクマさんは「こんなにサインするのは初めてだ!」と頑張って下さっていました。
舞台挨拶では、監督からの「手と足が生えてきた大西君です!」と紹介に「ようやく歩けるようになりました」と大西さんが答えると、会場は笑いに包まれていました。大西さんは「当時、久蔵の様な方は特殊なケースではなく、実際にこのような人たちがいたのだと重く受け止めて必死で演じた」と撮影を振り返っていました。
2回目の舞台挨拶は、上映前でした。篠原さんが「まだ映画を観ていない方はわからないと思いますが、僕はとてもシリアスな役ででています。僕にしかできない役です」と言うと、寺島さんや大西さんは思わず笑ってしまっていました。
そして夕方、横浜のジャック&ベティに着くと、劇場前に長蛇の列ができていました!
舞台挨拶には、劇場最高記録を樹立する程のお客様が詰めかけ、客席の両側も立ち見の方で埋め尽くされ、これには監督もびっくりされていました。

舞台挨拶に引き続き行われたQ&Aでは、「久蔵はなぜああいう終わり方にしたのか」、「この映画を通じて、何を一番伝えたかったか」、そして寺島さんへは「ベルリンで受賞した時の感覚は?」、「大西さんとの久しぶりの共演について」など多くの質問が寄せられました。
そしてサイン付パンフレット販売会には多くの方が集まって下さり、劇場ロビーは多くの方で溢れかえっていました。初日、舞台挨拶でまわった3劇場でサインしたパンフレットは、合計で600冊にもなりました!
無事初日舞台挨拶が終える事が出来、そして多くの方に「キャタピラー」を御覧になって頂くことができ、本当にうれしい初日になりました。
暑い中、会場に足を運んで皆さん、そして立ち見で御覧になって下さった方々、本当にありがとうございました。これからも全国、そして世界でより多くの方に「キャタピラー」を観て頂き、「戦争」というものについて考えていって頂けたらと思います。
明日15日も監督、大西さんは大阪、京都、名古屋、静岡を舞台挨拶でまわられます。これからも「キャタピラー」を宜しくお願いいたします!
テアトル新宿では2回の舞台挨拶ともに、当日券を求める方の列は後を絶たず、立ち見がでる盛況ぶりでした。そして上映が終わり、若松監督、寺島しのぶさん、大西信満さん、芸術家のクマさんこと篠原勝之さん、弟・忠役の粕谷佳五さん(連赤では進藤役でした)、妹千代役の増田恵美さんが登壇すると、われんばかりの拍手が沸き起こりました。
「映画を武器に教科書に載っていないものを伝えていきたい。来年あたり、またみなさんにお会いできると思う」という監督の言葉に、会場に再び大きな拍手がおこりました。
寺島さんは「これだけ思い入れのある映画に出られたことは一生の宝です。朝から大勢の方が観に来てくださって、感謝の気持ちでいっぱいです。」と、目にうっすらと涙を浮かべながら挨拶をされました。
そして2回の舞台挨拶を終えると、急遽記者会見が行われました。監督は新作についての質問に「まだ詳しくは言えないけれど、60年代を総括したものを考えてはいます。通行人というわけにはいかないけど、寺島さんにも出てもらいたい」と言うと、「次回作は通行人でも何でもやります。死ぬまでついていこうと思います!」と寺島さんが答えていらっしゃいました。
そして一行がヒューマントラストシネマ有楽町に到着するや否や、控え室ではパンフレットのサインが始まりました。
初日に並んできて下さった方の為に、サイン入りのパンフレットを用意しておこうという事で、新宿、有楽町の控室では黙々をサイン作業が行われていたのでした。これまでの全国の舞台挨拶で鍛えられ、サインが早い監督、寺島さん、大西さんのスピードについていくのに必死なクマさんは「こんなにサインするのは初めてだ!」と頑張って下さっていました。
舞台挨拶では、監督からの「手と足が生えてきた大西君です!」と紹介に「ようやく歩けるようになりました」と大西さんが答えると、会場は笑いに包まれていました。大西さんは「当時、久蔵の様な方は特殊なケースではなく、実際にこのような人たちがいたのだと重く受け止めて必死で演じた」と撮影を振り返っていました。
2回目の舞台挨拶は、上映前でした。篠原さんが「まだ映画を観ていない方はわからないと思いますが、僕はとてもシリアスな役ででています。僕にしかできない役です」と言うと、寺島さんや大西さんは思わず笑ってしまっていました。
そして夕方、横浜のジャック&ベティに着くと、劇場前に長蛇の列ができていました!
舞台挨拶には、劇場最高記録を樹立する程のお客様が詰めかけ、客席の両側も立ち見の方で埋め尽くされ、これには監督もびっくりされていました。
舞台挨拶に引き続き行われたQ&Aでは、「久蔵はなぜああいう終わり方にしたのか」、「この映画を通じて、何を一番伝えたかったか」、そして寺島さんへは「ベルリンで受賞した時の感覚は?」、「大西さんとの久しぶりの共演について」など多くの質問が寄せられました。
そしてサイン付パンフレット販売会には多くの方が集まって下さり、劇場ロビーは多くの方で溢れかえっていました。初日、舞台挨拶でまわった3劇場でサインしたパンフレットは、合計で600冊にもなりました!
無事初日舞台挨拶が終える事が出来、そして多くの方に「キャタピラー」を御覧になって頂くことができ、本当にうれしい初日になりました。
暑い中、会場に足を運んで皆さん、そして立ち見で御覧になって下さった方々、本当にありがとうございました。これからも全国、そして世界でより多くの方に「キャタピラー」を観て頂き、「戦争」というものについて考えていって頂けたらと思います。
明日15日も監督、大西さんは大阪、京都、名古屋、静岡を舞台挨拶でまわられます。これからも「キャタピラー」を宜しくお願いいたします!
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